3話
歓迎会の次の日。
僕は朝の7時に準備をしていた。
一体何の準備かというと
「学校…か…」
そう、学校である。
僕は学校に行くためにこんな早くにこんな面倒くさい準備を済ませている。
「学校なんて久しぶりだな…しかも久しぶりに行く学校が転校先って…大丈夫かな…」
そう。僕は家族を失ったショックにより長期期間学校を休んでいたのだ。
そして休んでいるうちにこの清水荘に引っ越すことになり、元の学校のみんなに何も言わずに転校するしか無かったのだ。
「そういえばあっちの学校で皆にお別れ言ってなかったな…怒ってるかな…あいつら」
と考え事をしているうちに準備は終了。ブレザーだからあまり時間を取られずに済んだ。まぁネクタイを結ぶのに少し時間が掛かってしまったけれども
さて…ここから僕の通うことになる学校まで徒歩20分。
そして今は7時21分。
ついでに学校の朝のチャイムが8時30分
さてどうしよう
後大体40分の余裕がある。
なにをしよう?
「ふむ…」
と、また考え事をしているとドアをノックする音が聞こえた。
「ん…はい?」
僕は一応ネクタイを締め直し、玄関のドアを開けた。
「おはようございます。小日向さん。」
そこに居たのは全体的に赤いセーラー服を来た相坂さんだった。
「お…おはよう、相坂さん。どうしたの?こんなに早くに…」
「あ、いえ…別に何か用とかは無いのですが…その…ちょっと様子でもと思いまして…」
「そっか。ありがとう。」
「いえ。お礼を言われることではないですよ?…それにしても」
「ん?どうしたの」
相坂さんは僕の体を見て
「似合ってますねっ。格好良いですよっ」
と僕に笑顔を見せてくれた。格好良い…似合ってる…
と、僕が相坂さんの言葉に照れていると
「んにゃ?にゃに朝からイチャイチャしているにゃ?もう恋人だにゃー?にゃっはははははは!!!!」
猫にでもなったかのように「にゃ」を連発しながら部屋から出てきた早乙女さん。
恋人…
僕と相坂さんはその単語に顔を赤く染めてしまう。
「あれぇ?もしかして私はお邪魔かな?それじゃあ私は退散でもしましょうかねっ。んじゃ!バイバイにゃー!」
と風のごとく部屋に戻っていった。
台風か?あの人
「え…えっと」
僕が早乙女さんの異常な空気に飲まれ、放心していると今度は相坂さんが話しかけてきた。
「ん!?ああ!はい!」
「そ…それじゃあ私、凛ちゃんを起してきますね?凛ちゃんすっごくお寝坊さんだから…」
「了解です。じゃあ僕は部屋でもう少しのんびりしてますね」
「はいっ。それでは…」
雑談を終え、また部屋へと戻る。
「むぅ…早乙女さんはどうしてああなんだ…」
『もう恋人だにゃー?』
「こ…恋人だなんて…えへへ…なんだか照れちゃうなぁ、も、もしかして僕と相坂さんって案外お似合いだったり?あ、あはははは」
「なにしてらっしゃいますの?」
「うぇえええ!?」
僕が馬鹿やっていると開いた窓から杏さんがこっちを見て不思議な顔をしていた。
そうか…さっき換気するために窓を開けていたのを忘れていた…
「なんだか挙動不審でしたけど…どこか悪い所でもありますの?」
はい。頭が悪いです。だけど高校男子で妄想しない男は居ないです。
などとは言えないので
「いえ、大丈夫です…はい」
「そうですか、ならよかったですけれど…何かお悩みが在りましたら相談に乗りますよ?」
「いやいや!本当に大丈夫ですっ」
僕は手をブンブンを振り、否定を示すと杏さんは分かってくれたのか
「ふふ、じゃあ私は行きますね」
と窓から姿を消した。
なんであんなところに居たんだろう…
疑問はたくさんあるが、ふと時計を見ると7時50分。そろそろここを出なければ…
僕は鞄を手に持ち、清水荘を出た。
*
僕が通っている高校は男女共学の普通の高校である。
そして今日、その高校に転入する。
凄く緊張する。もの凄く緊張する。どんな人がいるのだろう?
むむむ…どういう風に自己紹介すればいいのだろう…
「(小日向紅葉です!こんな時期に転校は珍しいかもしれませんが、よろしくお願いしますっ)」
むむぅ…少しさっぱりしすぎてるな…もう少し暗く
「(小日向紅葉です…少し家の事情で転校してきました…よろしくお願いします…)」
暗すぎるだろ!皆引くわ!よし。じゃあ普通すぎる方で…
「(家の事情で転校してきた小日向紅葉です。よろしくお願いします。)」
これだ!普通すぎるがそれが良い味を出している!よし!これで行こう!
などと考えているうちに学校に付いてしまった。
ああ…緊張するな…
俺のクラスはどこだろう…それ以前に第一職員室は何処だ…
くそぅ…なんてことだ…このままでは転校早々遅刻ではないかっ 早くも先生に目は付けられたくないぞ・・・おぃ・・・
「あのぉ…」
「くっ…だが僕は屈しない…こんな理不尽は俺が蹴っ飛ばしてやるっ」
自分で迷子になっておいて理不尽とは片腹が痛いものである。
「もしもし?聞いてます?」
「そうだ…大抵の学校には道案内版が…」
「あのぉ!!」
「ひぃ!?」
びっくりした…いきなり僕の後ろから大声をあげる人が居たぞ…あぁ…寿命が50年ほど縮んだ気がするよ。
「な…ナンデスカ…」
僕は内心ビクビクしながらも声の下方向へと振り向いた。
「あの。もしかして転校生さんですか?」
そこには長い黒髪の女の子が居た。
この地域の女の子はどの子も可愛いのかな…
僕はこんな事を考えていたりもした。
「えっと…もしかして違いました?」
はっ!いかんいかん!見惚れていたら反応が遅くなった!
「あっ はい!今日ここに転校してきたんですけど職員室が分からなくて…」
「やっぱり。じゃあ案内しますね。」
「あの…どうして僕が転校生と分かったんですか?それにどうしてそんなに優しく…?」
その黒髪女の子ははたと気付いた様で
「申し送れました。私はこの学校の生徒会長の向井 茜といいます。先生から本日転校生が来ると言われたのでお待ちしていたのですよ。」
「そ…そうなんですか…ありがとうございますっ」
びっくらこいた…まさか生徒会長様だったとは…
「あの…どうせ同級生なので敬語はやめてもらって結構ですよ?」
「え?ど…どうして僕の学年が分かるんですか?」
「だって…ネクタイの色が茶色だから…」
「あぁ…ここはネクタイの色で学年が分かれているんですね。」
「そうですね。1年生は赤。2年生は青。3年生は茶色となっていきますね。ですので私たちは同じ学年というわけです。」
「えっと…じゃあ…なんと呼べばいいのか…」
「あぁ…えっと…そうですね…じゃあ茜でいいですよ。後敬語もやめてね。私もやめるから」
「はぃ…うん…分かったよ。」
そこで茜の足が止まった。
「ここが職員室よ。中にいる竹下先生って人があなたの担任だからね。」
「竹下先生だね。分かった。助かったよ…えと…あ…茜…さん」
「ふふ…そんなに緊張しなくてもいいのに」
女の子を下の名前で言うのは初めてなんだから勘弁して欲しい。
僕は顔を真っ赤にしながら職員室のドアをノックし、中に入った。
茜は「じゃあね」と一言残し、学校の奥へと姿を消した。
職員室中には朝のHRでほとんどが出払っているのか1人しか先生は居なかった。
その残っていた先生は僕の顔を見るなり笑顔を浮かべながらこっちへ向かってきた。
「君が…小日向紅葉君?」
「そ…そうです」
「ようこそ。そして初めまして。私は竹下陽一。君の入ることになる3-1の担任をやらせてもらっているよ。」
「は…はい。よろしくお願いします。」
「じゃあ我がクラスへ案内するよ。」
*
「ここが君のクラスの3-1だよ」
3年生のクラスは学校の3階にあった。
これは毎日の階段登りが少し大変そうだな…
「じゃあ俺は先に入って皆に君が来た事を伝えるから、呼んだら教室に入ってきてね?」
「あ、はいっ わかりました。」
やばい…緊張してきたぞ…
落ち着け…手の平に人を書いて飲む…人を書いて飲む…
僕は書いているのが人ではなく入を書いている事に気付かず、ずっと入を飲んでいた。
「──それじゃあ入ってきてくれー」
はっ先生が呼んでいる…いつの間に…
よ…よし…僕も男だ…やるときはやるぞ…
深呼吸をして緊張を少しでもほぐそうとするが全然ほぐれない…だが少しだけやる気は出てきた。
さて。一丁やるかっ
そうして僕は教室のドアを開けた─
*
教室に先生が黒板に文字を書く音が響いている。
そう、今僕は授業を受けている。
自己紹介?うむ!自分にしては普通すぎる自己紹介ができたと思う!!
皆にも好印象も与えられたと思うし・・・
とりあえず寒いギャグとかは言っていないし、へまもしていない。
ふふふ・・・なんという普通の転校の仕方・・・完璧だ・・・完璧に普通だ!!!
キーンコーンカーンコーン
・・・普通に感動していたらいつの間にか授業が終わってしまった。
ふぅ・・・それにしても今日は疲れた。
幸いにも今日は学校が早くに終わるらしく教室の皆は机の上に椅子を上げ、各自の掃除場所に向かっていった。
あれ・・・僕の掃除場所はどこだろう・・・
「小日向くん。」
ん・・・?僕の名前を呼ぶ声が・・・この声は・・・
「茜さん?」
「うんっ そうだよ~。ねね、小日向くん自分の掃除場所分かる?」
「いや…わかんない…」
そう。この生徒会長茜様と同じクラスだったのは教室に入ってすぐに分かった。
新しい校舎で唯一の知り合いが同じクラスに居るのはとても頼りがいがあった。
「えっとね。小日向くんは転校初日だから教室を掃除してね。分からないところがあれば聞いて?」
「うん。分かったよ じゃあ早速…僕は何を担当すればいいの?」
「そうだね…じゃあねー…そこのロッカーにT字箒があるからそれを持って教室を掃いてくれない?」
僕は頷き、ロッカーに向かう・・・途中
「あ…わわっ」
しまった!足に何か引っ掛けたぞ!?
やばい・・・こける・・・!
「おっと…大丈夫か?」
倒れる途中、近くにいたクラスメイトが支えてくれた。
「うん。ありがとう」
「いいっていいって てんこーせー君」
僕を助けてくれたのはどこぞの少女マンガから出てきたんだこの野郎というほどに顔が整った男が居た。
白い髪をしているがそこらへんにいる不良とかとは違い、その白は神聖なものに見えた。
「えぇっと…僕はそんな名前じゃないよ。」
「ん?あー…えぇっと…忘れた」
忘れただと?忘れやがりましたの?この男は・・・あんなに普通の自己紹介を・・・最高傑作の普通を・・・
「…僕の名前は小日向紅葉って言うんだ。よろしく。」
「小日向紅葉?女みたいな名前だな!あっははははは!!!!」
余計なお世話だコンチキショウ
「あぁ。すまんすまん。俺の名前は長瀬友康だ。よろしくな。紅葉」
下の名前・・・なんか・・・男に下の名前で呼ばれるとなんだか・・・
「キモイ」
「えぇぇ!?いきなりなんだよ!?」
しまったつい本音が出てしまった・・・
「いや…下の名前で呼ばないでくれ…」
「どうして?」
どうしてって・・・お前そのままだと「腐」の付く女性達が大喜びして俺達がカップリングの同○誌が書かれることになるぞ。
とは言えないので
「僕の下の名前って女っぽいだろ?だからあんまり好きじゃないんだ。」
「おぉ。そうだったか。すまんな じゃあ…小日向でいいか?」
「あぁ。それでいい」
おぉ!早速友達ができたぞ!!
イケメンだけど・・・イケメンだけど!!!
くそぅ!涙が出ちゃう・・・だって・・・男の娘だもん!!!
などど頭の中で馬鹿やっているがちゃんと掃除を進行している僕は何か才能があるのだろうか?
*
「まぁお前ら。気ぃ付けて帰れな。じゃあさようなら!」
「「「さようなら」」」
先生の挨拶と共にホームルームが終わり、帰り支度をしていると
「おい小日向、お前どっちだ?」
「え?何が?」
長瀬が話しかけてきた。何がどっちなんだ?
「お前の帰る方向だよっ どっちだ?」
「あぁ…えっと…あっち」
僕は清水壮のある方向へ指を刺す。
「お。俺も同じだから一緒に帰ろうぜ?」
「え?長瀬…一緒に帰る友達とかは?」
「え?あぁ。居るけど今日は皆ダッシュで帰ったぞ?確か 「今日こそ倒すぞ!!家に帰ったらサイフィデトリア前集合な!」 って言ってたけど多分ネトゲだ」
「へぇ…友達よりネトゲを取るのね…お前の友達って薄情だな…」
「そうじゃねぇよ。ただ最近めちゃくちゃ強いプレイヤーが居て3人がかりでも倒せないんだってよ。んで、最近はそいつ倒すのに夢中で俺にかまってられねぇの。普段はいい奴等だよ」
「ふぅん…」
それはやっぱり友達よりネトゲを取ったってことじゃ・・・
「さて、帰るか!」
「うん、そうだね」
転校初日。こうやって僕は友達と一緒に帰ることができました。
*
「お前こんな時期に転校ってなんかあったのか?親の事情とか?」
「そんな感じかな。父さんの知り合いに壮の大家をやってるからさ、今はそこに住まわせてもらってるんだ。」
「へぇ…今度遊びに行ってもいいか?」
「え?別にいいけど…」
「おっ じゃあ今度の休みにでも遊びに行くわ!」
「まだ引っ越したばかりで何も無いけどね」
他愛の無い話をしながら帰路を辿る。
お母さん・・・僕。転校初日でこんな体験できるとは思わなかったよ
「ん?どした?」
「あ…いや。なんでもないよ」
「そっか?なんか変な顔してたぞ?」
「変な顔って…どんな?」
「なんかにやけてた。」
「そ…そうなの…」
にやけてたのか・・・気付かなかった。
もっとしっかりせねばっ
長瀬と話していたせいなのか気付くと清水壮に付いていた。
「ここが僕の住んでる清水壮だよ」
「あ~ ここか~ ここ昔からある建物だよ。」
「そうなの?僕は最近ここに引っ越してきたばっかだからあんまり知らなくて…」
「ここは確か50年はあると思う」
「そんなに?じゃあ結構古いところなんだ?」
「んだな。でも本当に詳しいことは知らない。まぁ大家さんに聞けばわかるだろ?」
「それもそうだね。」
「じゃあここまでだな。また明日な」
「うん。また明日。」
適当に長瀬と別れ、清水壮へと入る。
靴を脱ぎ、廊下を歩いているとミリィさんに会った。
「こんにちはミリィさん。」
「…こんにちぁ…」
むぅ~。やっぱり暗い人だな・・・
「…」
「…」
話題が無い・・・と言ってもここで諦めたらそれはそれで仲良くなれないしなぁ。
そうだ!お仕事やってるって言ってたしその事について・・・
「明日の休日…用事…ある…?」
「え?よ…用事ですか?無かったと思うんですけど…」
「じゃあ…ちょっと付き合ってほしい…」
「わ…わかりました。明日ですね。」
「…じゃ…」
短く挨拶を交わし、ミリィさんは自分の部屋へと戻っていった。
明日の休み付き合ってほしい・・・?
買い物かな・・・なんだろう?
まぁいいや・・・とりあえず部屋に
「小日向君やっほーっ」
「わぁ!!早乙女さん!びっくりさせないでくださいよ!!」
「え?小日向君が勝手にびっくりしただけじゃないのよさ」
「そりゃいきなり後ろから大声で叫ばれたら誰だってびっくりしますのよさ!」
口調がうつったのよさ
「で。一体どうしたんですか?」
「いやぁ…さっきミリィに休日に付き合ってほしいって言われてたでしょ?」
「え?そうですね…いきなりでびっくりしましたけどOKしましたよ?」
「そっか!うんうん!まぁ1つ言っておくけど。」
「はい。」
「あの子は無口だけどとっても優しい子だからね。」
「え?あ…はい」
「それだけだよ!じゃあね!小日向君!また夜ご飯の時にねー」
そういって早乙女さんは嵐のように去っていった。
ふぅ・・・さて、じゃあ僕も部屋に・・・
「よう!今帰ったのか?ちょうど良い!ちょっと付き合え」
通りかかった管理人さんに捕まった・・・いつになったら僕は部屋に入ることが出来るのだろう・・・
そう思いながら僕は管理人さんに引きづられて外に連れて行かれた
*
「で…一体どこに行くんですか?」
「今日の晩飯の材料を買いにな。あそこにスーパーがあるだろ?」
管理人さんの指差す方向には確かに大きなスーパーがあった。
「で…荷物が多いから僕に荷物を持つのを手伝ってほしいと?」
「そういうわけだ。あいつの子供なんだから腕っ節はいいだろ?」
「父さんは確かに筋肉ありましたけど僕は心身ともに母さん似です」
「え!じゃあ力弱いの?」
「はい。でも普通の男子高校生くらいの筋力はありますけどね。」
「じゃあ問題ねぇよ。よし。じゃあ行こうぜっ」
僕は管理人さんに連れられてスーパーに入った。
「で…何を買うんですか?」
「そうだなぁ…今日はカレーにでもするか」
「カレーですか?じゃあジャガイモと…?」
「人参と玉ねぎとカレー粉、そして肉だな」
「そうですね。じゃあ探しましょうか」
僕と管理人さんはカレーの材料を探し始めた。
ジャガイモと、玉ねぎと、カレー粉と・・・
順番に材料を求め、回っていく。
「こんなもんかな。」
一通り揃えたところで管理人さんが言った。
「そうですね。それじゃあ会計に…」
「後はみんなのお菓子だ!」
「え?お…お菓子?」
「そうだ。毎週金曜日はみんなに1つだけお菓子を買う日なんだ。」
「へぇ…それで何を買うんですか?」
「俺はビールで…」
ビール・・・管理人さんにとってビールはお菓子なのか・・・
「早乙女はポマトチップス、里麻はチョコレートで…杏は餡子付き串団子、凜はクッキー。最後にミリィはおせんべい。」
「えっと…ポマトチップスにチョコレート、餡子付き串団子、クッキー、おせんべいっと」
「お前はどうする?」
「え?ぼ…僕ですか?」
「お前も清水壮の住人なんだから当たり前だろ?」
「僕…僕は…メロンパンで…」
「メロンパン?なんでまたお菓子っぽくない物を…」
放って置いて欲しいです。菓子パンとも言いますし、あれ美味いじゃないですか…
とそんなこんなでカレーの材料とみんなのお菓子を買い、清水壮に戻ることにした。
帰りは僕と管理人さんとで荷物を分け合い、持って帰った。
昔、母さんと一緒に買い物したときもこうして分けて帰ったっけ・・・
とても懐かしくて心地の良い帰り道だった。
*
「「ただいまぁ」」
僕と管理人さんとで帰りの挨拶をする。
「さて、じゃあこいつらを食事部屋に運び込むぞー」
「はい」
僕と管理人さんは食事部屋へと向かい、食事部屋にある冷蔵庫に食物を入れる。そこに
「おぉ?小日向君親方の付き添いだったの?」
早乙女さんが入ってきた。
「そうですね。そこのスーパーまで」
「お疲れ様~。あ、そうだ。親方ー。ポマチあるー?」
「おー。いつもの所に置いてあるぞー」
「へへ…いつもすまないねー」
早乙女さんは冷蔵庫の横にあるお菓子籠と書いてあるかごからさっき買って来たポマトチップスを手に取り、食事部屋の出入り口へと消えて行った。
「早速食べて大丈夫なんですかね?」
「あー。金曜日だしな…多分明日の朝までずっとネットしてるからじゃないか?」
「え・・・オールでネットですか?」
「うん。早乙女はあるゲームにはまってるらしくてな…なんか…さいふぇでとりあ?って街で対人募集ってやつをずっとやってるらしい。」
さいふぇでとりあ?なんだか聞いたことあるぞ・・・
「すごいですね…。パソコンかぁ…一度やってみたいなぁ」
「俺は駄目駄目だ。早乙女と違うゲームやってみたんだがきーぼーどを打つのが難しくて難しくてたまらんわい…」
と、こんな感じで雑談をしていると、後は作るだけだからと言う事で部屋に戻ることにした。
やっと戻れるぞ・・・
僕は部屋の前まで歩いて行き、ドアを開け・・・
「こんにちは。小日向さん。今お帰りですか?」
学校帰りだろうか。制服姿の相坂さんに話しかけられた・・・
「あ、相坂さん。こんばんわ。」
そこには相坂さんと凜さん。そして見慣れない金髪の女の子が立っていた。
「はいっこんばんわ。」
「相坂さんも今帰りですか?」
「そうですね。あ、そうそう。この子は私のお友達の御門ちゃんです。」
「ちょっと里麻さん」
御門さんが相坂さんの肩を叩き、小さな声で内緒話を始めた。
「(誰なんですの?この方は…)」
「(えっと…つい最近引っ越してきた小日向紅葉さんだよ)」
「?」
何を話しているんだろう・・・?
「(こんな可愛らしくも凛々しいこの方がこの壮の住人ですって?)」
「(うん…そうだけど…どうしたの?)」
「(いえ…なんとも素敵な方だと思いまして…)」
「(小日向さんはいい人だよ?まだ少ししかお話したこと無いけれど…)」
「???」
本気で何を話しているんだろう?
御門さんは顔が赤い気がするし、相坂さんは楽しそうだし・・・
「私たちは蚊帳の外みたいですね~」
「そ…そうだね…」
2人で話してるのを見てるだけというのもアレなので近付いて来た凜さんと少し会話することにする。
「なんの話をしてるんだろう?」
「あ~。多分小日向さんの事だと思いますよ?」
「え?僕の話?」
どうして2人は僕の話を・・・?
僕が2人を見て不思議に思っていると
「(はっ!小日向様がわたくし達に熱い視線を…!)」
「(いや…あれはずっとヒソヒソ話をしてる私達を不思議に思ってじゃないかな…)」
「(そうでした!ずっと自己紹介もせずにヒソヒソと話していれば確かに不審かもしれませんわね。)」
と、僕が見ていると慌てた様子で御門さんが1歩前に出て
「遅れましたわ。わたくしは御門由姫と言いますの。相坂さんとは仲良くさせて頂いておりますわ。今後ともよろしくお願いいたしますね。小日向様」
様?なんで様付けなの?
まぁいいや・・・それにしてもお嬢様口調だな・・・僕もお嬢様に接するように話したほうがいいのかな?
よし・・・やってみよう・・・
「御門由姫さんですね。先日この清水壮に越してきた小日向紅葉と申すものでございます。今後ともよろしくお願いいたします。」
「まぁ!ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたしますわ♪」
お。案外好印象かな?良かった良かった。
僕がうまく自己紹介が出来た嬉しさにやや放心しているとまた御門さんは相坂さんの方を引っ張り、コソコソと話し始めた。
「(どういうことですの!?)」
「(ど…どうしたの?)」
「(ただでさえ素敵な容姿ですのにこのご丁寧な自己紹介!わたくし感動を隠せませんわ!)」
「(多分小日向さんは御門ちゃんに合わせたんだと思うよ?)」
「(え?ということはいつもこんなお話方ではありませんの?)」
「(うん、でもちゃんと敬語でしゃべってくれるよ?)」
「(私にはタメ語だけどね~)」
凜さんが輪に入って行ったぞ・・・僕はどうしよう?
「(そ…そうなんですの?)」
「(うん。まぁ多分私のテンションがそうさせるんだろうけどね~)」
「(あ~。確かに凜ちゃん学校の子ともすぐ打ち解けてたしね)」
「(仲良くなるのには得意ですよ!)」
「(凜さん…今だけ貴女のテンションが羨ましいですわ…)」
「(えへへ~。褒めても何も出ないよ~?)」
なんだか盛り上がってるみたいだな・・・
僕は部屋に戻って着替えることにしようかな
「じゃあ僕は部屋に戻って着替えてくるよ。」
「「「はぅ!」」」
「(小日向様がいることをすっかり忘れていましたわーーー!!)」
「(ほったらかしにしちゃったね~。)」
「(少し悪いことしちゃったかな・・・)」
「じゃ…じゃあまた後で…」
「うん!ごめんね~」
「はい。それでは夜ご飯の時に…」
「放ってしまって申し訳ありませんわっ」
こうして僕はやっと、やっと自分の部屋に戻ることが出来た。
*
「ごはん出来たぞー」
管理人さんがご飯が出来たと叫んでいる。
廊下では早乙女さんの「待ってましたー!」という声や「本当にご一緒してもいいのですの?」という御門さんの声も聞こえる。
僕も食事部屋に向かうか・・・
*
「ふぅ…おいしかった…」
僕は部屋で寝転がっている。
今回も晩御飯はにぎやかだったなぁ
早乙女さんが騒がしいのは言わずとも御門さんは早乙女さんのテンションに慣れているのか涼しい顔で相坂さんと凜さんとで話しながらカレーを「箸」で食べていた。
やはりお嬢様なのかカレーの食べ方も上品で、もの凄く綺麗に食べていた。
杏さんも御門さんに負けず劣らず上品に食べていた。
ミリィさんは無口ながら早乙女さんとゲームの話を楽しんでいたようで時折笑みを見せていた。
管理人さんは皆の様子を楽しそうに見ながらスーパーで買ったビールを飲みながら食べていた。
毎日こうなのかな?そうだとしたら晩御飯が楽しみの1つになりそうだ。
ふぅ・・・お腹いっぱい食べたら眠くなってきたな・・・
明日はミリィさんと用事もあるようだしもう寝ることにしよう。
僕はそのまま目を閉じ、眠りに落ちていった。
────────
辛いという感情はずっと感じているとそれが辛いのか辛くないのか分からなくなっていく。
感情の麻痺というものなのか・・・
だけどやっぱりいつ何時も心の中では棘が刺さっていて。
いつ崩れ落ちてしまうか分からなくなっていく。
笑うことにも慣れてきた。
だけどやっぱり住人の皆にはバレていて。
皆は僕の居ない所で悩み続けている。
同じ荘の仲間が苦しんでいるのを黙ってみているほどここの住人は酷くなかった。
だけど僕が話さないという問題でどうしようもなくなって。
指をくわえて待っていることしか出来なくなる。
それでも僕は隠し続ける。
もう僕はあの可哀想な物を見る目を見たくないから。