【ギリシャ物語】テミスのお茶会。
法と掟の女神であり、ゼウスの二番目の王妃でもあるテミス。
彼女から、数年に一度招待状がやってくる。
どんな偉大な女神でも、逆らうことの出来ないその内容とは…。
「あら、ヘラ。今日も早いのね」
茶色の髪に茶色の瞳を持つテミスが、赤い衣を引きながらにこやかに声を掛けると、お茶会の会場でお菓子や、食器の準備をしていた美しい金髪のヘラが振り返る。
「だって、私いつも、皆さんにとても意地悪をしているでしょう?なんだか申し訳なくて…」
しゅんとして言ったその姿は、まるで少女のようだ。
「それが貴方の役割なの。気にすることはないわ」
頷いてから、藍色の瞳がふと入口を振り返る。
「…あ、いらっしゃい、マイア。お元気にしていらっしゃった?セメレ」
息子同士が仲が良い二人が連れ立ってやってくる。砂色の髪にエメラルドのような瞳を持つのはマイアだ。息子のヘルメスとよく似ているのが判る。一方、人間の王女であったセメレはディオニュソスの母で、素晴らしい黒髪の巻き毛に、黒い瞳のしっとりとした美人である。普段はヘラのことを恐れる二人も、今日は朗らかに挨拶をした。
「テミス、御招待ありがとう。…ヘラはいつ見ても美しくて羨ましいわ」
「……。ゼウスもそう思ってくれればいいんだけど」
「相変わらずご苦労をなさってるのね。大丈夫、今年は私達の方にはきてなくてよ?」
「ありがとう。二人とも座って?お茶を淹れるわ」
ぽつぽつと女性達が集まり始め、やがて、大地母神デメテルや、アポロンの母レトなどがやってくると、みんなそれぞれ敬意を表す。
話題は息子や娘たちのこと。そして、その父親の話。
「さあさ、そろそろ始めましょうか」
テミスが声を掛け。卓がしんと静まり返る。
「今年生まれた子供達は何人?新しい方は自己紹介して頂けると嬉しいわ」
数人の女神やニンフがおずおず立ち上がる。視線はヘラの方をちらちらと気にして。
「大丈夫よ。この館の中ではヘラは”結婚の女神”でも”神々の女王”でもないの。全ての役職を取り除き、平等に話をするためにこの場を設けたのよ。
これは男たちには絶対の秘密。私たちが共に歩む誓いを立てた…いわば同志であることを」
テミスのお茶会。
それは、神々の王、ゼウスにうっかり手を出されてしまった女性たちの連帯集会。
普段どれだけ不仲でも、あるいは知り合う機会すらなくても。
神王のために子供を産んだ…彼女たちは世界を作る同志だった。
「…あら、ごめんなさい。遅くなってしまったわ」
黒髪の女性が、ゆっくりと入口から入って来た。
「あの人がお昼寝している間に抜け出してきたのよ。ヘラもテミスもいつもありがとう」
それは、ゼウスの初代王妃、智恵の女神メティスの姿。
「いらっしゃい、待ってたわ」
上座の三席にヘラ、テミス、メティスの歴代王妃がそろうと、お茶会はにわかに活気付いた。
「今年は人間のお相手が多かったのね…また英雄が増えるかしら」
「うちの息子、全然結婚する気がないようだけど、マイア、どう思う?」
「宜しければ、うちの子を差し上げましょうか?可愛いお嫁さんにはほど遠いけれど…」
「……セメレ、冥界の話を聞かせてくれない?ペルセフォネはハデスに大切にされているかしら?」
「勿論ですわ、デメテル。亡者たちも羨むような仲の良さで…」
テミスの娘ホーラたちが守護する館では、日が暮れることも夜が明けることもない。
そうして、数年分の話題を語りつくすと、女神達はまたそれぞれ自分の役割に戻っていくのだった。
●いわば、巨大な井戸端会議。