温泉無双
「え、待って! あれが温泉ってやつ? デカくない!?」
それから二時間後、早速デュラハーンの空馬車で温泉にやってきたルリは、その大きさに目を見開いていた。
確かに、この上空からでも男湯と女湯の広さは目を見張るものがある。
といっても、この土地自体がものすごく広い。グランツ山付近は、前世が日本人の俺には違和感だらけなほど、全てが大きいのだ。
「あら? 見てちょうだいな。もう館の組み立てが始まっているわよ」
運転手のデュラハーンは、首を抱えたまま下に向けて、ドワーフと魔物の仕事っぷりに感心していた。
どうやら骨組みのようなものができているようだ。いや……随分と早いな。
「流石の仕事ぶりだな」
「でも何か様子が変です。あそこにいる方はどなたでしょうか」
イスカが指差した先に、見覚えのない連中がいた。馬車が降りていくほどに、その容姿が人に近いけれど異なる、ファンタジー世界でよくいる種族であることに気づく。
「あれはエルフ達のようだな。しかし、なぜ彼女達が……」
「うわー、なんか喧嘩してない?」
ドワーフの長と、エルフ数人が言い合いをしているように見える。これは早めに戻ってきて正解だったかもしれない。
ディラハーンに頼んで、急いで大地に降り立つと、足早に人集りができている場所へと向かう。
その途中で、ガーゴイル達やゴブリンが出迎えてくれた。
「旦那! た、大変でやす! エルフ達が攻めてきました!」
「何?」
「ギャギャー!」
これまた穏やかではない話になっているようだ。みんなを引き連れて現地に辿り着くと、ドワーフ数名が今にも斧で切りかかりそうな殺気を放っていた。
しかし、エルフ達もよく見れば五、六十名はいそうなほどであり、これはドワーフ達とほぼ同じ数である。男女のエルフ達はドワーフとは違い、細身の剣や杖を手にしている。
「おお! レオン殿、よく来てくださった。今ここに侵略者が現れたところです」
「はぁ? 侵略者ですって。私達こそが森の正当な住民。あなた達こそ侵略者でしょう」
「何を!」
ガーゴイルレッドによれば、ずっとこの調子で言い合っているらしい。
「うわわー。どうすんの? めっちゃ揉めてるじゃん」
この場において他人事であるルリは、むしろ争いを楽しんでいるように見える。こういう不謹慎なところは昔から変わってないな。
俺は集団の間に入り、とりあえず仲裁を試みた。
「なんですかあなたは?」
「俺は今建設されている旅館の主、レオンだ」
「主ですって? では、あなたがこのふざけた事を始めた張本人ですか」
エルフ女のキンキン声が響く。感情的になってるようで、あまり関わりたいくないけどもう遅い。
だがここで、エルフ集団の奥から一人の女性が前に出た。
長い緑髪と切長の瞳、スラリと高い身長。それから服に宝石がまぶされていて、明らかに位が高いことが伺える。
「あなたが今回の中心人物ということですね。私はエルフの女王ミリアナと申します。これまでの行いは全て見ていました」
ミリアナと名乗るエルフの女王は、俺たちが集まっていることは前々から知っていたらしい。
だが、ドワーフ達が追い払ってくれると思い静観していたが、いつしか彼らも一緒になって掘削や建設をしていることを知り、いよいよ止めるべきだと判断したとか。
「まさかドワーフ達が、魔物連中と手を組むなどとは思いませんでしたわ」
「ワシらはレオン殿の夢に惚れたまでよ」
「これまでは温情で私達の土地に住ませてあげていましたが、そうもいかないようですね」
「馬鹿な! ここはお前達の土地ではなく、ワシらの土地だと言っておる!」
そして、ちょっと目を離すとまたドワーフとエルフの喧嘩が始まってしまう。
どうやら昔から犬猿の仲だったらしい。しかし、ここで争いなどされたら、温泉旅館を建てる夢も泡と消えてしまう。
俺はもう一度、彼らの間に入った。
「待ってくれ。とにかく俺の話を聞いてほしい。今あそこにある温泉は、誰の役にも立つものだ。それはエルフ達であろうとも変わらないし、なんならいつでも遊びに来てほしいと思っている」
「まあ、遊びに? よく分からないことを仰る方ね」
エルフ達は苛立ちが顔に現れており、もしかしたら本当に武器を使って戦いが始まるかもしれない緊張感が溢れている。
しかし、こういう時こそ呑気な態度を見せたほうが良い。俺は表情を崩し、まるで友人のようにエルフの女王に語りかける。
「ああ。ここには誰もが疲れを癒し、極楽の気持ちを味わってもらえる秘湯が眠っていたのだ。ただ埋もれていただけでは勿体無い。なにしろ秘湯には——」
そこからは毎度お馴染みの温泉PR。入った時の心地良さと、ありとあらゆる効能の数々をひたすら語って語って語りまくる。
エルフの女王は、俺の熱がこもりまくった説明に戸惑っている様子だった。
前世では営業もしたことがあるが、商品を売るためには何より熱意が大事だ。それと、押して売るのではなく、ただただ素晴らしさを語るだけでいい。
本当に素晴らしいと思っている商品を、ただ教えてあげるということだけで、人は意外とそれを買ってくれるものなのだ。
でも相手は人じゃなくてエルフなので、この経験論が通用するかは未知だった。しかし、今この場では培ったもので乗り切るしかない。
当初エルフ達はほとんど聞く耳がない様子だったが、ある一言で変化が起きる。
効能についての説明を続けていた時だ。一つの単語にエルフ女王が反応していた。
「冷え性に……?」
おっと。どうやらお悩みの様子。
「そうだ。体験者の話では、冷え性が瞬く間に治ってしまうらしい。それも長く効果が続く」
「まさか……」
「本当だぞ。現に——」
はい、否定が入る前に畳みかけます。とにかくひたすら語る、語る、メリットを語る。
しばらく聞き入った後、エルフ女王が小さく嘆息した。
「なるほど。そのお気持ちは本物のようですね。しかし、本当に効果があるのか、私達には分かりません。である限り、やはり認めることはできません」
「ならば、一度入ってみないか」
「……なんですって?」
まさか、という顔になるエルフ達。周囲にいたドワーフや魔物、それからイスカとルリもこれには驚いていた。
「お前達も入ってみるがいい。今回は無料で良いし、気に入ったならいつでも歓迎しよう」
「女王様! このような虚言に騙されてはなりません!」
他のエルフ達がワーワー言い出した。同時にドワーフ達が「黙れこの阿呆どもが!」などと言い放ったので、また喧嘩が始まってしまう。
「お静かになさい! 分かりました。そこまで仰るのでしたら、一度わたくし自らが試してみるとしましょう」
女王のピシャリとした声で、エルフ達は動きを止めたが、同時に驚きが広がっていた。
「ただし、先ほどのご説明が嘘だった場合、もはやわたくし達も大人しくするつもりはありませんよ」
「嘘などついていないさ。イスカ、案内してやってくれ。ルリも連れてな」
「え! ルリさまも、ですか」
戸惑うメイドの後ろにいたルリは、「おー」と嬉しそうに前に出る。
「いいね! だってあたしも試したくて来たわけだし、エルフと水浴びするような感じなんでしょ。面白そうじゃん!」
「……お好きになさい」
女王の許可は出た。これで一気に話を進められる。
「イスカは既に温泉に入ったことがある。彼女からやり方を教えてもらうといい。頼んだぞ」
「はい」
緊張した面持ちになったイスカが、みんなを先導して女湯へと向かっていく。この賭けには自信があったが、俺もまた内心ではドキドキしていた。
◆
「それでさー。イスカちゃんは、レオっちとは付き合い長いの?」
「ええ、私は小さい頃から勤めていますので」
女湯までの道すがら、ルリは早速メイドと主人の関係性について聞き出し始めた。
そんな雑談など気にする素振りも見せず、女王と護衛の女エルフ二人は後に続いている。
明らかに強い警戒心がある。外の柵近くにも気配を感じた。
「ここで着替えをなさった後、かけ湯というものをしてから入浴します」
「ふぅーん。じゃあさイスカちゃん、ちょっと手本見せてよ。ってか、一緒に入ろ」
「え、あ……はい」
案内だけかと思いきや、自らも入浴することになった。しかし、それはむしろ嬉しいことでもある。
イスカはすでに、温泉の心地良さを知っている。彼女を真似するように、全員が裸になり、手拭いを持って湯の前に立つ。
「では、お一人ずつ流していきます」
最初のかけ湯については、イスカがみんなにしてあげることにした。エルフ達は淡々としていたが、ルリは「ふあー」と間の抜けた声を出している。
「お湯って気持ちいい! でも、このくらいでお客さん増えちゃうのかなぁ。ちょっとレオっち、大袈裟じゃない?」
この声に同調するように、エルフ達が口を開いた。
「わたくしも、期待していたほどではない気がしています」
「きっと大したことありませんよ女王様!」
しかし、イスカは動じない。ここまでは、自分もかつてそう思っていたのだから。
「きっと浸かれば満足いただけますよ」
そう微笑みつつ、まずは自分から湯に入っていった。
◆
「あ……嘘、嘘……これ、すっごい。あ、あああ!」
ルリが湯船に入った後、数秒もしないうちに跳ね上がらんばかりになっていた。大きな胸が揺れ、お湯に触れる度に天国に誘われていく。
「はあ、はあ……ぁ。なんて……なんて……気持ちいい。わたくし、わたくしったら……」
「く! こ、こんな。こんな……癖になるぅう!」
エルフの女王もまた、湯船の中で震えていた。他のエルフ二人もまた、この安らぎに抗えない。
「これが温泉……です。み、皆様……いかが……んっ!」
イスカもまた、温泉の気持ちよさにブルリと震えた。
女商人もエルフ達も、ただの一度の入浴でかつてない極楽を味わい、すっかり虜になってしまった。




