人集めの旅へ
温泉から上がっても、しばらく体はポカポカとしたままだった。
これは想像していた以上に素晴らしい。正直、前世の日本で存在したらバズりまくって革命を起こしてたんじゃないかと思う。
さて女湯はどうか。けっこうな時間が経ってから戻ったイスカを見て、魔物やドワーフがざわついた。
「おお! 旦那、メイドさんが……!」
「美人に磨きがかかっておる」
おお……!
これには俺もビックリだ。元々イスカは人並外れた美貌の持ち主ではあったが、温泉に浸かった後の彼女は、さらにそれがマシマシになっている。
みんなが分かりやすく見惚れている中、恥ずかしそうにやってきたメイドは、小さく頭を下げた。
「どうだった?」
「その、温泉ですが……とても素晴らしいものでした。毎日入りたいと思えるほどです」
「よし、成功だな」
俺の隣に座ったイスカは、珍しくぼうっとしているようだった。温泉のヒーリング効果が炸裂していると見える。
「温泉は問題ないことが分かった。後は旅館を作って、諸々の準備を整えれば営業を始められる。ドワーフ長、旅館はどのくらいで完成できる?」
腰痛が完治してすっかり元気になったドワーフは、設計図をふむふむと見ながら、こう断言した。
「うむ! 二週間でよろしいかと」
「そうか二週間か。……二週間?」
「うむ!」
「え、本当に?」
「いけますぞ。我らドワーフとそこにいる魔物達の力を合わせれば、余裕というもの」
いやいや、旅館ってけっこうなサイズなんだけど。っていうかどんな建物でも、たった二週間で作れるなんて話は聞いたことがない。無理だろ。
ところが、森の大工ことドワーフ達はみんなやれると言って聞かない。どうやらゴーレムやゴブリンの手を借りる必要もあるみたいだが、それさえあれば大丈夫だという。
マジかよ。前世の地球では考えられない感覚に俺は戸惑いまくっていたが、そこまで自信満々に言うなら、いっそ信じてみるのも面白い。
「分かった。建設のほうはお前達に任せるとしよう。俺はしばらくここを離れる。三週間くらいしたら戻ってくる」
「どちらに向かわれるのですか」
不安げに質問してくるメイドに、俺は笑いかけた。
「旅館の支援者を得る必要がある。それと従業員の募集や旅館の宣伝だな。腕の良い商人を捕まえてくるつもりだ」
もし本当に旅館を二週間で作れるというなら、スポンサーや従業員を急いで募集していかないと。
本来ならもっと後で動くつもりだったけど、想定よりずっと早く事が進んでるので、急ぐ必要が出てきた。
俺が全部募集をかけても良いんだが、それでも取り計らってくれる商人は必要だ。あと、実のところ懐事情もけっこう厳しくなってきてる。
温泉旅館の経営が上手くいけば、生活に苦労とか全くなくなる想定ではある。
急ぎつつも、仕事を組む相手は慎重に探す必要があった。ここからが勝負ということでもある。
「それなら、私もお供します」
「ん? でも料理は、」
言いかけて、ふと気づいた。そういえばドワーフの女性達が料理を作れるな。
ドワーフ長に褒美の上乗せを約束し、魔物達に飯をやる世話を頼んでみたところ、快く同意してくれた。
「要するにレオン殿は、太いお金持ちを捕まえに行くのですかな? なら美人が隣にいたほうが、説得しやすいですぞ」
「そ、そんな。美人だなんて」
「そうだな。よし、イスカも同行してくれ」
イスカは赤くなって否定していたが、確かに一理あると思う。だがここで、ガーゴイルレッドとゴブリンが心配そうに寄ってきた。
「道中の安全はどうするでやす? この辺の魔物は手強いですし、海の向こうにもヤバいのがいっぱいっす」
「ギャギャ、ギャギャギャ」
「ゴブリンも、そうだそうだと言ってるでヤンス」
まあ確かに。俺一人なら隠れたり逃げたりできるが、女の子も同行するとなると厳しい面がある。
「腕の立つ奴を連れていくか。ただ大勢ではダメだし、ドワーフや魔物はちょっとな」
ドワーフはなるべく森から離れたくないだろうし、足は遅いので移動に時間がかかってしまう。
魔物は街中に連れて行くと、当然騒ぎになりかねない。それに、魔物を連れた人間と商売したい奴はいないだろうし。
俺が頭を悩ませていると、ガーゴイルレッドがポン! と手を叩いた。
「そうだ! あいつが役に立つでヤンス! 魔物だけど、人間に見える奴がいるでやっす」
「魔物だけど、人間に見える……ですか?」
イスカが首を傾げた。俺も疑問なんだけど。
「最近仲良くなった魔物がいるんでやす。呼んできますー」
元気よく告げると、赤い服を着たガーゴイルはバサバサとグランツ山の向こうまで飛んで行った。
そういえばこの周辺には、やはり魔物がよく出没する。
ゴーレムやガーゴイル達が追い払ったり、戦ったりしてくれるが、なかには友達になる奴もいるらしい。
一体どんな奴が来ちゃうんだろうか。不安になりつつ待っていると、山の向こうからガーゴイルが戻ってきた。
後ろのほうに、だいぶヤバそうな奴を連れている気がする。
「お待たせでヤンスー」
「デュラハーンか」
「はい! 良い奴でやんすよ」
空飛ぶ馬車がやってきたことで、俺だけじゃなくてみんながどよめいた。イスカなんてぎゅっと腕を掴んできて、無表情ながら怖がっているのが分かる。
そりゃそうだ。生首を腕で抱えている騎士なんて、普通にホラーである。俺もビビってます。
「あらあら、噂に違わない素敵な方ねえ」
お、オカマ?
髪の長いおっさんだがおばさんだかよく分からないデュラハーンは、こちらを見て「ほほほ」と笑っている。
中世的なおじさんのようなおばさんのような、いろいろと奇妙なそれは、漆黒の鎧を纏っているがあまり似合ってなかった。
とりあえず自己紹介をした後で、出会った経緯などをそれとなく聞いてみたところ、こんな回答をされた。
「実はあたくし、山の向こうに家を建てて暮らしておりますのよ。魔王様から、勇者が来るまではここで警備をしておくように仰せつかっておりますの。でも退屈で退屈で……そんな折におしゃれなガーゴイルちゃんと知り合いましたの」
勇者が来た時のためか。話を聞くほどに、勘弁してほしいという気持ちを思い出してしまう。
まあ、実のところ俺達も魔王の関係者ではある。早く疎遠になりたいんだけど。
「事情は伺いましたわ。勇者達は今、はるか南の砂漠で目撃情報がありましたので、少しくらいなら持ち場を離れても問題ございませんでしょう」
勇者達の行方については、俺も常々気になっている。あいつらに襲われたら即死間違いなしだし。
「うむ。では少しの間、旅に付き合ってもらうとしようか」
「え? ご主人様」
さすがに驚いたのか、メイドの声が跳ね上がった。
「大丈夫だ。飛行馬車は目立つが、人里に近づいたら地上歩行に変えてもらえば良い。それに、デュラハーンは元々人間だからな」
鎧兜であれば付けることができそうなので、この中では一番人間に見える。
……まあ、生首が見つかっちゃったら終わりなので、そこは絶対に気をつけないといけないが。
その後、俺とイスカは簡単な身支度をした後で、もう一度デュラハーンの所に戻った。
「あら、随分と身軽ですのね。では空の旅を始めるとしましょうか。まずはお嬢様、こちらへ」
ちら、とメイドは俺の顔を見上げてきた。頷いて答えると、彼女は恐る恐る馬車へと足を踏み入れた。
「……はい。よろしくお願いします」
「では続いて、レオン卿。どうぞお入りくださいませ」
「失礼する」
ホロのない漆黒のトゲトゲ馬車は、なんというか厨二病感があってカッコいい。ちなみに馬が二頭いて、一見普通だが人形みたいにじっとしてる。やっぱりホラーだ。
怖いなぁと思いつつ乗り込んだところで、魔物達やドワーフが集まって手を振ったり、頭を下げたりして見送ってくれた。
「お気をつけてでヤンス」
「ギャーギャ、ギャー!」
「りょかんのことはお任せくだされ。帰ってきた時には、立派なものが仕上がっておりますぞ」
俺は苦笑しつつ、みんなに手を振る。ちょっと離れるだけなのだが、ここまで盛大に声をかけてくれるとは思わなかった。
みんなに改めて感謝の気持ちが芽生えていると、徐々に馬車が地面からふわりと浮かんできたことに気づく。
ホラー感満載の馬車による旅が始まった。




