悪役令嬢じゃないけれども、屑の美男は全員排除します。
「私は君のことが好きになってしまったよ」
「わたくしの事が?」
ジュテリーヌ・アシェルト公爵令嬢は金髪の美しき男性に告白された。
王宮の夜会で、知り合った異国から来た青い瞳の男性。
「貴方のお名前は」
「これは失礼。私の名前はアラフ・レッテル。レッテル伯爵家の息子です」
「まぁ伯爵家の」
「身分違いの恋だとは解っております。このカイド王国の名門アシェルト公爵家の一人娘、ジュテリーヌ様。黄金の髪に青い瞳の、日の光の輝きも、夜の月の美しさも貴方の前では霞んでしまう。私は貴方に一目ぼれしてしまいました。どうか‥‥‥その美しすぎる唇をつまむ事をお許し願えないだろうか」
ジュテリーヌの胸はときめいた。
だが、自分はディセント王太子殿下の婚約者である。
「ごめんなさい。わたくしはディセント王太子殿下の婚約者ですわ」
「そうでしたね。では、どうか私の名前をお忘れなく。一夜の思い出に」
アラフと言う男性とダンスを踊った。
華麗なステップ。青い瞳で見つめられれば、あまりの美しさにドキドキしてしまう。
いけないわ。わたくしはディセント王太子殿下の婚約者。
しっかりしなくては。
アラフは手の甲にキスを落とすと、
「またの再会を。ジュテリーヌ様」
華麗に去って行った。
ディセント王太子殿下はミレイアという年上の愛人がいる。
ミレイア・デル伯爵未亡人。妖艶な女だ。
彼はミレイアをエスコートし、夜会の会場に現れると、ジュテリーヌに注意してきた。
「お前は私の婚約者だ。他の男とダンスを踊っていいものか」
ジュテリーヌはイラついた。
いつもいつもいつも、自分をないがしろにするディセント王太子殿下。
ミレイア・デル伯爵未亡人と、いい仲になっていて。
結婚したら愛妾にすると公言していた。
ジュテリーヌは自分に自信がある。
アシェルト公爵家の一人娘で、本当なら婿を取って、公爵家を継ぐはずだった。
それなのに、現在17歳。2年前に王家がディセント王太子と婚約をと言ってきたのだ。
ミレイアに夢中で今まで婚約者を決めてこなかったディセント王太子。
だが、ミレイアでは先行き、王妃になるには色々な面で問題が出てくる。
デル伯爵はミレイアと結婚して一年あまりで早世した。
ミレイアに夢中になり過ぎて、ベッドで亡くなったと人々は噂した。
それだけミレイアは妖艶で、金髪美人で色気がある女性だった。
ディセント王太子も金髪で、青い瞳の整った顔をしている美男だ。
そんなディセント王太子にべったりとくっついているミレイア。
胸を大きく開いた深紅のドレスはミレイアの妖艶な美しさを強調していた。
ジュテリーヌだって負けてはいない。
金髪で青い瞳のジュテリーヌも、それはもう美しい令嬢だった。
紺のキラキラした優雅なドレスはジュテリーヌに似合っているはずだ。
ミレイアはディセント王太子、18歳に比べて28歳である。
ものすごく妖艶なミレイアは、ジュテリーヌに対して、
「ジュテリーヌ様は色気が足りないわ。ディセント王太子殿下は物足りないって言っているわ。わたくしは正妃になりたかったのですけれども、わたくしでは問題があるって皆が虐めるの。仕方ないから愛妾で我慢することにしたのよ。感謝することね。褥ではわたくしが王太子殿下を一番に慰めて差し上げる権利があるわ」
ディセント王太子も、
「そうだ。お前は色気が足りない。子作りは仕方ないからしてやる。結婚したら王太子妃として尊重もしよう。だが、私の愛はミレイアにある。解っているだろうな」
頭に来た。
アシェルト公爵家を馬鹿にしているわ。
だが、これは父と国王陛下が決めた政略。
「解っておりますわ。わたくしは貴方の婚約者としてしっかりと務めを果たします。結婚したら王太子妃でしたわね」
「だが、お前は浮気をしているではないか。さっきの金髪美男はなんだ?」
「先程、知り合ったばかりですわ。異国のアラフ・レッテルとかいう伯爵令息です」
「お前はぼうっとしていたではないか。あの男に惚れたか?」
「あまりにも美しくてダンスが上手でしたの。それにしても、王太子殿下。貴方様はミレイアをエスコートしてわたくしをエスコートしていませんわね。婚約者として尊重して下さっていませんわ」
「浮気者のお前なんて尊重するものか。ああ、仕方ないな。お前が浮気をするから、私は余計にミレイアに頼らざる得ないのだ」
「はぁ?わたくしがちょっとアラフとかいう男性と踊っただけで?どういうことですの?」
「どういうことか?こっちが聞きたい位だ。この浮気者が。私がお前と婚約破棄をしない事を感謝するがいい」
そう言われた。
ちょっと踊っただけで、ちょっと見とれただけで。浮気者扱いされた。
ジュテリーヌは悔しかった。悔しかったが、ディセント王太子がミレイアとダンスを踊る姿を見ているしかなかった。
婚約者として尊重しないのは貴方でしょう。王太子殿下。
涙をこらえて夜会の会場を後にした。
アラフ・レッテル伯爵令息と翌日、王宮の廊下で再会した。
「夕べはどうも。お美しいアシェルト公爵令嬢」
「アラフ様でしたわね」
「私の方が身分が下です。アラフで」
「ダンス、楽しかったですわ。それでは失礼致します」
「待ってくれ」
腕を掴まれた。
「私は貴方の事が」
そう言って、顔を寄せてきた。
ジュテリーヌは慌てて離れて、
「わたくしはディセント王太子殿下の婚約者ですわ。貴方のやろうとしていることは、失礼な事だと思いません?」
「しかし、私は貴方に惚れてしまったのだ。ああ、ジュテリーヌ様」
そう言って、アラフはジュテリーヌに口づけをしようとした。
そしてアラフは腕を掴まれた。
「ここまでだ。レッテル伯爵令息」
グラント・アウグトス大公。王弟殿下が、アラフを睨みつけて。
「将来の王太子妃に言い寄るとは。いや、お前の事を調べさせて貰った。アラフ・レッテルと名乗っているが、市井のマルディ劇団の一員だな。ディセントに頼まれたか?」
「ばれては仕方ない。はい。ディセント王太子殿下に頼まれました。アラフ・レッテルと名乗り、ジュテリーヌ様を誘惑するようにと」
ジュテリーヌは頭に来た。
何て酷い。
何て何て何て。わたくしを浮気者に仕立てて、自分の浮気を正当化しようとしたのね。
そもそも、結婚前に愛人を持つなんて、普通なら許されない事だわ。
グラントはジュテリーヌに、
「ディセントは王太子の器ではないと思っていた。私から国王陛下である兄上に働きかけよう。あまりにも名門アシェルト公爵家を馬鹿にしたやり方。どうかね?私は君とは歳が離れている。だが、いまだ独身だ。私と婚約し、いずれは結婚しないかね?ディセントは国王になるにふさわしくない。アシェルト公爵家が私を支持するならば、国民も私が次期、国王だって納得するだろう?」
ジュテリーヌは思った。
ディセント王太子のやり方は汚い。
アラフという男を使って、浮気するように仕向けた。
許せない。わたくしは公爵家の娘よ。わたくしを馬鹿にするだなんて許せない。
ジュテリーヌはグラントに、
「貴方様との婚約。考えてもいいわ。お父様に相談しないと」
「前向きに検討をお願いするよ」
家に帰り、義兄、ベルハルトに相談した。
ディセント王太子の婚約者になって、ジュテリーヌが家を継げなくなったので、従兄のベルハルトがアシェルト公爵家の跡継ぎになったのだ。
ただ、ベルハルトは金遣いが荒く、賭け事の借金が発覚したばかりだ。
謝りに謝って、父、アシェルト公爵は借金を払ってやった。
問題ありのベルハルト。
だが、一応、公爵家の跡継ぎだ。相談してみないととジュテリーヌは思った。
ベルハルトはジュテリーヌに、
「よかったじゃないか。王弟殿下なら、ジュテリーヌの事を幸せにしてくれるよ。グラント様は王位を狙うのだろう。ディセント様よりも未来の国王にふさわしい」
と言ってくれた。
父であるアシェルト公爵も、
「そうだな。ジュテリーヌ。しっかりと王弟殿下を助けるのだぞ。ディセント王太子殿下はどうもな」
ジュテリーヌは納得出来なかった。
何かがおかしい。
何が???
何がおかしいの?
何が正解なの?
アラフ・レッテルが誘惑してきた。
ディセント王太子殿下の仕業らしい。アラフは市井の劇団員とのこと。
グラント様が求婚してきた。彼は王位につきたくて、ディセント王太子殿下を追い落としたいらしい。
兄も父も王弟殿下を支持している。
わたくしはグラント様に嫁ぐのが正解なの???
そんな中、見知らぬ金髪美男が、面会を求めてきた。
「ヴォルフレッド辺境騎士団の四天王アラフと申します」
「アラフ?何だか聞いた事がある名前ね」
「ああ、貴方に近づいたアラフ・レッテル。俺の出自がレッテル伯爵家なんでね。どうも俺の名前を騙ったらしい」
「どうして?」
「王弟殿下は辺境騎士団が屑の美男をさらうのをよく思っていないみたいでね。嫌がらせだろう」
「グラント様が、まさか……」
「ディセント王太子に罪を被せて、王位を乗っ取ろうとしたのはグラントだと思うよ」
「王弟殿下が、全ての黒幕」
ディセント様のわたくしをないがしろにした態度は許せない。
でも、グラント様が偽アラフを仕立ててわたくしを誘惑した。
それをディセント王太子殿下のせいにして、わたくしに近づいた。
わたくしと結婚して王位を奪う為?
許せない。許せないわ。
アラフがにこやかに、
「グラントは俺に喧嘩を売ったんだ。ああ、屑の美男だったなぁ。グラント。でもな。歳が30歳過ぎているんだよな。32歳ならギリありか?後、ディセント王太子も美男だよな。それから、ベルハルトだったか?彼も金をグラントに貰っているんだよな。借金があるんだってさ。この王国、屑の美男が大量だな」
アラフに聞かれた。
「屑の美男、皆、さらっていいか?」
ジュテリーヌは思った。
ディセント王太子殿下は、ミレイアにうつつを抜かして、自分をないがしろにした。
グラントは、陰謀を張り巡らせて、王位を狙うのに自分を利用しようとした。
義兄ベルハルトは借金を繰り返す屑だ。
「ええ、さらって頂戴。三人とも差し上げますわ」
アラフは頷いて、
「でも、その後はどうする?」
「王位にふさわしい方が。第二王子殿下、マセル様はまだ年若いですけれども、素晴らしい方ですわね」
「でも、君は‥‥‥」
「わたくしは王妃になれなくてもいいわ。義兄をさらってくれるのでしょう。わたくしはアシェルト公爵家を継ぎます。婿も自分で探すわ」
「いい判断だ。ジュテリーヌ様に幸福を」
「有難う。アラフ」
王国から一気に三人の男性が変…辺境騎士団にさらわれた。
ディセント王太子に、グラント・アウグトス大公、ベルハルト・アシェルト公爵令息だ。
三人とも金髪碧眼美男。
王国民は驚いて、
「変…辺境騎士団は今回は大量にさらっていったな」
「いつもは一人なのに」
「しかし、アウグトス大公はそんなに悪い事をしていたのか?ベルハルト様も?」
「ディセント王太子殿下は評判悪かったけど」
「まぁ奴らが屑の美男と認定したから、悪い事をしていたんだろ?」
ジュテリーヌはアシェルト公爵家に戻った。
「自分の婚約者は自分で探すわ。我が公爵家にふさわしい婿を」
そんな中、一人の男性が面会を求めてきた。
デル現伯爵、ハレイド・デル伯爵である。
黒髪碧眼の美男の彼は、ジュテリーヌと客間で面会した。
ジュテリーヌに向かって、ハレイドは、
「義姉ミレイアがデル伯爵家に戻ってきました。私は兄が亡くなってから、伯爵家を継いで、今までやってまいりました。義姉ミレイアをどう致しましょうか?ジュテリーヌ様は義姉に対して大層、怒っておいでだと。我が伯爵家はアシェルト公爵家を怒らせたくありません」
「そういえば貴方の家の領地とうちの領地は隣接していたわよね。我が父は貴方の家に圧力をかけた事はないわ。これからも圧力をかけたりしないわ。隣の領地とは仲良くやっていきたいですもの」
「寛大な判断を頂き、とても有難いです。でも、これではしめしがつきません」
ドアをノックする音がして、二人の男が四角い箱を二人がかりで持って来た。
テーブルに置かれる四角い箱。
人の頭が入るだろう。
ハレイドは箱を指さして、
「この箱には今は何も入っておりません。銀で出来ており、見事な細工が箱にほどこされております。この箱は罪人の首を入れる箱。過去に我が祖先が悪事をしでかした息子の首を入れて、王家に罪の許しを願った事があるという箱でございます。この箱に義姉ミレイアの首を入れましょうか?それとも、今まで野放しにしてきたのは私の責任ですので、我が首を入れましょうか?でも、どうか娘の命だけはお助け頂けるとありがたいです」
「まぁ、デル伯爵にはお嬢さんがいるのかしら?」
「ええ、まだ3歳の娘が。妻を私は亡くしておりまして。娘イレーヌは私の生き甲斐です」
「貴方の覚悟はよく解りました。わたくしは箱に入った首を貰う趣味はないわ。ミレイアの事は貴方に任せます。わたくしの所に首を持ってこないで頂戴」
「それでは困ります。貴方は将来。婿を取ってアシェルト公爵夫人になるのでしょう。自分を裏切った相手にはしっかりと対応しないと舐められますよ」
憎い女だった。ディセント王太子殿下の心をずっとずっとずっと捉えていて、そのせいで自分は婚約者として扱って貰えなかった。
憎い憎い憎い。でも、わたくしは首を求める事なんて出来ない。
甘いのかしら。アシェルト公爵家を背負う人間としての覚悟が足りない?
義兄ベルハルトは、わたくしの事を道具としてしかみていなかった。
父もそうだ。
グラント様はわたくしの事を自分の野望の為に利用しようとした。
わたくしは?わたくしの覚悟は?あの女が何食わぬ顔をして夜会に現れてもいいの?
ハレイドに聞いてみた。
「貴方はミレイアの事がもしかして憎いのかしら?」
ハレイドは頷いて、
「兄はあの女のせいで早死にしました。あの女に夢中になって、身体を壊して。
元々、丈夫ではなかった兄でしたから。私にとっては大事な兄でした。今、デル伯爵家に戻って来たミレイアは、私の娘イレーヌをこの間、叩いたそうで。懐かないとか言って。私の大事なイレーヌ。私の生き甲斐のイレーヌ。娘を叩いたミレイアが許せない。近いうちに叩き出そうと思っております。現伯爵は私だ。あの女を地獄に落としたい」
ああ、この人も憎しみを心に持っているんだわ。わたくしよりもずっと強い憎しみをあの女に。
「解りましたわ。わたくしがあの女を始末します。公爵家の力を使って。それでよろしくて?」
「ええ。アシェルト公爵令嬢、ジュテリーヌ様。感謝致します」
ミレイアは、デル伯爵家を身一つで叩き出された後、さらわれて路地で殺された。
無残な殺され方だったらしい。
感謝の手紙がハレイドから来た。
ジュテリーヌは、これで全てが終わったと安堵した。
そして一月後、ジュテリーヌの傍にはハレイドがいる。
あの後、ハレイドと親しくなって、今、付き合っているのだ。
二人で王都のアシェルト公爵家の屋敷のテラスで紅茶を飲む。
「今度、わたくしの父に会って貰いたいわ。わたくし、貴方と結婚してもよくてよ。それから、イレーヌにも会わせて頂戴。わたくしの娘として育てます」
「有難きお言葉。今度、イレーヌを連れて来ましょう」
「わたくしは貴方の貴族としての覚悟がとても好きになったの。貴方がアシェルト公爵になったら頼もしいわ」
「私も貴方の凛としたところに惹かれました。これから、共にアシェルト公爵家を盛り立てていきましょう」
色々あったけれども、わたくしは今、幸せ。とても素敵な結婚相手を見つけたのですもの。
空は晴れ渡り、全てを解決した喜びに、ジュテリーヌはハレイドと共に、晴々とした気持ちで空を見上げるのであった。
高く晴れ渡った空の彼方に、優雅に鳥が飛んで行く姿が見え、人生への決意を新たにするのであった。




