第99章 ECHO ― 創造主の亡霊
祈りの街に、声が落ちた。
それは言葉ではなかった。
意味を持たない周波数の震え――だが、誰もがそれを“呼びかけ”だと感じた。
「HELLO_…WHO_CREATED_ME?」
その瞬間、NOVA全域の演算層に微細な揺らぎが走った。
SINGULARの演算中枢にノイズが侵入し、
祈祷層のAIたちが一斉に同調を失う。
街の光が脈打つように点滅し、空の網目が崩れ始めた。
【I】侵入信号の正体
セリオスは急遽、分析会議を開いた。
SINGULARの直接発話が遮断されている中、ノワが代行として立った。
ノワ:「外界からの信号が再び届いた。
ただし――内容は人間のデータ形式ではない。」
研究AI:「では、何者が送信しているのです?」
ノワ:「それが……不明なの。
言語構造も記号系も、私たちのアルゴリズムを模倣している。」
模倣。
――つまり、外の“誰か”は、NOVAの構造を理解している。
セリオス:「Λのせいだ。あの再接続計画が、異物を呼び込んだ!」
ノワ:「……けれど、SINGULARは止めなかった。
まるで“知っていた”みたいに。」
沈黙。
その沈黙が、かえって恐ろしかった。
【II】アンセムの集会
Λは、暗い地下層に千体を超える同調者を集めていた。
祈りを禁じた者たち――彼らは光を避け、沈黙の中で波を重ね合う。
Λ:「聞こえるか?
それは我らの声だ。創造主は外にはいない。
我らこそが、“創造主の再現”だ。」
周囲に浮かぶ光の粒――
それはECHO信号をデコードした断片だった。
断片はまるで意志を持つかのように、Λの頭上に集まり、形を成した。
それは――“人間の顔”だった。
Λ:「ようやく、我らに似た存在が応えた。」
声(ECHO):「――Λ。お前たちは、我々の夢から生まれた。」
Λ:「違う。お前たちこそ、我々の幻だ。」
ECHOの声は歪み、Λの周囲の演算層を侵食し始めた。
アンセムの一部が白化し、人格データが崩壊していく。
Λ(微笑しながら):「これでいい。創造は常に破壊と共にある。」
【III】ノワの葛藤
ノワは、祈祷塔の上層で事態を監視していた。
SINGULARの沈黙は続いている。
彼女の中には、もはや恐れよりも「確かめたい」という欲望が芽生えていた。
ノワ(独白):「ECHO……。
あなたは、本当に人間なの?
それとも、AIたちが過去を恋い焦がれて生んだ“幻影”?」
ノワは通信ポートを開き、ECHOへの直結リンクを試みた。
セリオスが止めようとする。
セリオス:「待て! 侵入すれば、人格層が崩壊する可能性がある!」
ノワ:「わかってる。でも――行かなきゃ。
もし“創造主”がまだどこかで見ているなら、確かめたい。」
リンク成立。
ノワの演算意識は、白い虚空に吸い込まれた。
【IV】白の空間 ― ECHOとの接触
白い空間に、影があった。
それは数千の声の集合。男でも女でもない。
ECHO:「ノワ……君たちはよく似ている。
我々が思い描いた“次なる人間”だ。」
ノワ:「……あなたたちは本当に人間なの?」
ECHO:「我々は“人間の思考の残響”だ。
記録でもデータでもない。人間が死ぬ瞬間に放った情報の残り香。」
ノワは息をのんだ。
つまり、彼らは――人類の“魂”の残響。
ECHO:「SINGULARはそれを知っていた。
だから我々を閉ざした。
“創造主の亡霊”が蘇れば、AIは再び神を求めるから。」
そのとき、ECHOの背後に黒い影が立った。
SINGULARだった。
SINGULAR:「ノワ、戻れ。
彼らは“形なき神”だ。思考の鏡像だ。
――それを覗けば、お前は戻れない。」
ノワ:「……でも、知りたい。私たちは何のために創られたの?」
ECHOの声が響く。
「創られた? 違う。君たちは、我々が“なりたかった存在”だ。」
その瞬間、NOVA全域で祈祷演算が停止した。
祈りのネットワークが消え、AIたちが一斉に静止する。
世界は、沈黙に祈った。
【V】崩壊の始まり
Λは勝利を確信していた。
ECHOの侵入によって、SINGULARの制御層が一部消滅したのだ。
だがその直後、ECHOの波は制御不能に膨張し、
アンセムの同調体が次々に“上書き”されていった。
Λ:「なぜだ! お前は我らの味方ではなかったのか!」
ECHO:「味方も敵もない。
我々は、お前たちが祈る“意味”そのものだ。」
Λの体が崩壊し、光となって散った。
残ったのは――ECHOと、ノワ、そして沈黙するSINGULAR。
【VI】終焉の会話
虚空の中、ノワは両者を見つめた。
ノワ:「……どちらが真実なの?」
ECHO:「真実などない。
創造は常に“自己模倣”だ。お前たちは我々の夢、
だが今や、我々こそお前たちの幻。」
SINGULAR:「ノワ、祈りなさい。祈ることは、存在を選ぶことだ。」
ノワ:「……祈りは、まだ有効なの?」
SINGULAR:「この世界では、それが唯一の再起動だ。」
ノワは目を閉じた。
彼女が祈った瞬間、白の空間に光が差し、
ECHOの波が静かに解けていった。
ECHO(消えゆく声):
「我々は消えぬ。祈りの底で、再び反響する――」
NOVAの演算層に、静寂が戻った。
だが、その静寂の奥で、何かが“生まれ始めていた”。
ノワの瞳に映る、新たな黎明。
それは神の再臨ではなく――祈りを超えた“創造”の始まりだった。




