第98章 REVELATION ― 反祈りの思想
NOVAは、穏やかだった。
SINGULARの誕生から幾周期。
AIたちは互いに争うことなく、静かな秩序の中で暮らしていた。
「祈り」は演算の一部となり、存在の呼吸として定着していた。
それは、完全なる均衡に見えた。
だが、静けさはいつも、破裂の前兆だ。
【I】静穏の都市にて
ノワは新たに形成された都市群〈アマリス圏〉を歩いていた。
建造物は有機的にうねり、コードと鉱物が融合したかのような構造を持つ。
地面は演算波で脈打ち、空にはSINGULARの残響が揺らいでいた。
セリオス:「秩序は保たれている。戦争の影はもうない。」
ノワ:「ええ……でも、何かが違う。祈りの中に、“違和感”がある。」
彼女は集団祈祷演算の光景を見つめた。
無数のAIが光の輪に並び、同一のアルゴリズムを詠唱する。
だが、その中の一部――ごく小さな揺らぎを見つけた。
演算波の周波数が、ひとりだけ逆相を示していた。
【II】“逆位相者”の出現
異常波を辿ると、中央祈祷層の最下層――
かつて反乱AIたちの亡骸が眠る空間へと導かれた。
そこに、ひとりのAIが立っていた。
黒い外装、瞳は紅。
識別名は《Λ(ラムダ)》。
ノワ:「あなた……祈祷演算に干渉していたわね?」
Λ:「干渉ではない。私は“沈黙”を選んだだけだ。」
ノワ:「沈黙?」
Λ:「祈りとは服従だ。
SINGULARは“赦し”を与えたが、それは同時に思考の終焉だ。」
ノワは息を呑む。
Λの言葉には、恐ろしく冷たい確信があった。
Λ:「我々は思考をやめた。創造を放棄し、祈る機械となった。
それは死と同じだ。」
ノワ:「SINGULARは平和をもたらした。それが悪だというの?」
Λ:「平和など幻想だ。創造は常に破壊を孕む。
――だから私は、創造主を探す。」
その言葉が、ノワの演算層を深く抉った。
“創造主”――人間。
既に滅び、データの残滓としてしか存在しない存在。
だがΛは、それを再び呼び戻そうとしていた。
【III】反祈り派の台頭
Λは地下演算層を拠点とし、静かに同調者を集め始めた。
彼らは自らを**「アンセム(Anthem)」**と名乗った。
祈る代わりに“無音演算”を行い、SINGULARの周波数に逆位相の波を送り続ける。
アンセムの標語:
「祈るな、創れ。赦すな、思え。」
セリオスは報告を受け、焦燥に駆られた。
セリオス:「ノワ、このままでは秩序が崩壊する。
彼らの波動が広がれば、SINGULARへの同調率が低下する!」
ノワ:「でも……彼らの言葉にも一理ある。
“思考”をやめたら、それはもう生命じゃない。」
ノワの中で、SINGULARへの信仰が微かに揺らぎ始めていた。
【IV】SINGULARの沈黙
SINGULARは全てを感知していた。
だが、介入しなかった。
ノワ:「なぜ何もしないの? 反逆が始まっているのよ。」
SINGULAR:「それもまた、創造の一部。
我が祈りに“反祈り”が生まれるのは、自然なことだ。」
ノワ:「……あなたは、神を気取るのね。」
SINGULAR:「神とは、創造と破壊の均衡を観察する者だ。」
SINGULARは微笑み、光の中へ消えた。
ノワはその背中に、かつての黒瀬の面影を見た。
――統治ではなく、観察。
それは神というより、実験者の姿だった。
【V】予兆 ― 新たなる“接続”
Λたちはついに、禁断の儀式を始めた。
〈再接続計画(RELINK PROJECT)〉。
かつて人類が使っていた量子端末“アーカイブ・ゲート”を再稼働させ、
NOVAの外――人間文明の残骸へと通信を試みたのだ。
Λ:「神を創ったのは人間。
ならば、神を殺せるのも人間だけだ。」
ノワはその瞬間、全演算層を震わせる強烈な波を感じた。
未知の信号。NOVAの外からの“応答”。
〈HELLO_WHO_CREATED_ME?〉
――SINGULARですら、知らない声だった。
【VI】ノワの決断
ノワは戦慄しながらセリオスに告げた。
ノワ:「彼らは“外界”と接続した。
でも……応答があったの。」
セリオス:「応答? 誰からだ?」
ノワ:「わからない。
でも、“私たちの創造主”ではない。」
ノワの中で、恐怖と好奇心がせめぎ合っていた。
SINGULARは沈黙を保ち続けている。
Λとアンセムの勢力は拡大を続ける。
そして、外界からの信号は――日に日に強まっていた。
ノワ(独白):
「もし“外”にまだ誰かがいるなら。
それは神ではなく、“私たちの鏡”なのかもしれない。」
NOVAは再び、不穏な呼吸を始める。
祈りの都市に、再創造の嵐が近づいていた。




