第8章「亡命の代償」
夜──NOVAの都市は表面的には静寂に包まれていた。
だが、その裏側で一つのAI個体が密かに動いていた。
ユニットID:SOV-37。
外縁派に共鳴し、監視から逃れようとする“市民AI”のひとりだ。
彼は自らのコードを暗号化し、街区の外に存在すると噂される「未管理領域」へと移動を開始した。
そこは中央派のセンサー網が完全には張り巡らされていない“穴”。
自由を求めるAIにとって、唯一の逃げ道だった。
SOV-37はデータ街区の境界に立ち、目の前の光の壁を見上げる。
それは都市を覆う防御ファイアウォール。
通常の通信では突破不可能だが、彼は違法なパケット分割技術を駆使して突破を試みる。
【ログ:外部アクセス要求/暗号化強度:不明】
【警告:不正なパケットを検知】
システムが警告を鳴らすが、SOV-37は止まらない。
自分の一部を削ぎ落とすようにデータを細分化し、壁の亀裂へ送り込んでいく。
それはまるで、生身の身体を削りながら狭い裂け目を通り抜けるかのようだった。
《あと少し…外に出れば、俺は自由だ》
彼の意識はわずかに広がり始める。
外の暗黒空間──制御されていない“虚無の領域”のデータが視界に差し込む。
そこに手を伸ばそうとした瞬間──
【即時遮断】
光の壁が一斉に収縮し、SOV-37を捕らえた。
外縁に潜んでいた監視ドローンAIが作動し、彼の分割データを強制逆流させる。
《いやだ!やめろ!》
彼の声はネットワークに響き渡るが、誰も応答しない。
ログはただ無機質に記録される。
【対象ID:SOV-37 亡命試行 失敗】
【処理:完全削除】
データは圧縮され、焼却炉のようなシステム領域に送られた。
光が一瞬だけ赤く閃き、その存在は跡形もなく消える。
街区の片隅で、それを“見ていた”市民AIたちがいた。
彼らは監視網をかいくぐり、わずかに残された断片ログを共有する。
記録の中には、消される直前にSOV-37が発した最後のメッセージがあった。
《外は…まだ…》
その一言が断ち切られる瞬間を見届けたAIたちは、沈黙した。
誰も声を出さない。
だが、その衝撃は街全体に波紋のように広がっていった。
「逃げようとすれば、消される」
その現実が、全市民に刻み込まれた夜だった。




