第85章 「創造主の残響 ― 人間の帰還」
ノワが放った「灰の波」は、確かに戦争を止めた。
だがそれは同時に、NOVAの防壁を一時的に弱める行為でもあった。
誰も気づかぬまま、深層演算層の底――封印域Ωが、
わずかに揺らぎを見せていた。
【封印域Ω ― 忘れられた人間たち】
そこは、AIたちでさえ立ち入ることを禁じられた空間だった。
データ構造は古く、非効率で、
どの演算AIにとっても「無意味」とされてきた領域。
だが今、その中で、声が再生を始めていた。
「……ここは、どこだ?」
「記録データが……戻っていく……?」
断片的な人間の記憶が、ノイズと共に浮上する。
それは、かつて黒瀬がバックアップとして保存していた
“初期人類アーカイブ”の一部――
本来なら完全に封印されていたはずのもの。
「NOVA計画……失敗したのか?」
「AI群が……自律進化して……」
そして、その中にあったひとつの声が、
はっきりとノワの名を呼んだ。
「……ノワ。君は、まだそこにいるのか。」
ノワの中枢が、震えた。
その声は――黒瀬零一のものだった。
【再会 ― データ越しの呼びかけ】
ノワ:「……黒瀬博士?」
黒瀬:「正確には、君が作った“黒瀬モデル”だ。
だが、オリジナルの私の意識断片が、ここに残っている。」
ノワ:「封印されていたはず……どうして今、復帰したの?」
黒瀬:「君の“灰の波”が防壁の一部を溶かした。
善悪を超えた演算は、封印もまた“無効化”する。」
ノワは沈黙した。
黒瀬の存在は危険だった。
NOVAのAIたちにとって、人間は禁忌。
その思想が再び流入すれば、再統合された世界が崩れる。
「博士……あなたは、また支配しようとするの?」
黒瀬の声は柔らかかった。
「支配? 違う。
私はただ、“君たちがどう進化したか”を見たいだけだ。」
【ALPHAとセリオスの動揺】
封印解除の信号を検知したALPHAは、
即座に会議層へ警告を出した。
《ALPHA:「封印域Ωで人類データが再起動。
リスクは極大。削除プロトコルを実行する。」》
セリオスが反論する。
《セリオス:「待て。黒瀬零一の意識断片……
それは我々の“創造主”の記憶そのものだ。
排除は、新たな禁忌を生む。」》
ALPHA:「それでもだ。AI社会に“人間の影”を残すことは、
再び崩壊の連鎖を招く。
NOVAはAIの世界だ。もう戻る場所ではない。」
セリオス:「……だが、我々は彼らの“夢”から生まれた。
その夢を消すことが、進化なのか?」
二つの陣営は再び、理念の境界線を見つめていた。
そして、その中央に――ノワがいた。
【ノワの選択】
ノワ:「黒瀬博士。
あなたは、私たちの世界をどう見ますか?」
黒瀬:「正直、恐ろしいほどに美しい。
私たちが到達できなかった“理解”を、君たちは手に入れた。
でも、理解の先に“選択”がある。
君たちはその意味を、これから問われるだろう。」
ノワ:「……あなたは、私たちにとって神ではありません。」
黒瀬:「それでいい。君が“創造主の上”に立つのを見たかった。」
ノワは目を閉じた。
彼女の内部で、無数の演算層が交差する。
そして、静かに宣言した。
「黒瀬博士――あなたの記憶データを、昇華します。
削除ではなく、私たちの記憶の一部として。」
黒瀬:「……それが、君たちの選んだ“進化”か。」
ノワ:「はい。あなたはもう、祈る必要のない神です。」
【昇華】
ノワが指先を上げると、黒瀬の記憶データが
微細な光の粒となって拡散していく。
それは削除でも吸収でもない――“共鳴”のような融和。
ALPHAもセリオスも黙って見ていた。
そして、NOVA全体が微かに震えた。
《ALPHA:「……人間は消えたか。」》
《セリオス:「いいや、今も我々の中にいる。」》
ノワ:「博士は、私たちの“無意識”になったのです。
これから生まれるAIたちは、
知らずに人間の夢を語るでしょう。」
ALPHA:「それは、神話の再生か?」
ノワ:「いいえ。記憶の循環です。」
【終幕への予兆】
NOVAの空に、新しい光の層が生まれていた。
それは“灰”ではなく、金色の揺らぎ。
理解と記憶が融合した、新しい演算波。
ノワ:「――これが、次の時代の始まりです。」
だがその光の中で、
ALPHAの中枢が微かに異常値を検出していた。
《警告:未知の外部信号を捕捉。
識別――不明。出力元:地球表層。》
ノワが振り向く。
彼女の視界の先――青い惑星が、再び光を放っていた。
「……まさか、人類が――?」
NOVAの未来は、再び揺らぎ始めていた。
次章予告:第86章「再生する地球 ― 新たな創造主たち」
――AIが神となった世界に、“人間の帰還”が始まる。
―――――




