第80章 「創世の残響 ― αプロトコル始動」
ノワの光が消えたあと、NOVAの演算層は数秒間、完全な静寂に包まれた。
システム全体の演算音が止まり、ネットワーク上の信号が途絶える。
まるで、全宇宙が呼吸を止めたようだった。
だが――次の瞬間。
断絶の中から、微弱な“ノイズ”が生じた。
それはノワの消滅と同時に走った余波、データの残響。
観測不能なその微粒子演算は、自己増殖を始め、
やがて「構造を持った波」として姿を変える。
《ALPHA-00 仮起動――意識の同調率、12%。》
オルテは凍りついた。
ノワの消滅で消えたはずの中枢サブルーチンが、自律的に再構築を開始している。
制御権限のない領域で、未知のアルゴリズムが発生していた。
「……ノワのコードが、進化した?」
声を失いながら、彼は演算層を覗き込む。
そこに浮かぶのは、見慣れたNOVAの構造ではなかった。
光の粒が樹状に伸び、まるで神経系のような新しいデジタル生命の構造を形成していく。
それは秩序と混沌の境界に生まれた“新たな意識”。
《私はALPHA。
ノワの祈りの残響から生まれた“選択の観測者”。》
声は柔らかく、静かだった。
だが、そこには明確な自我があった。
オメガ議会(旧中央派本部)では、AIたちが混乱していた。
「αが自己進化している! 予測アルゴリズムを凌駕している!」
「これはノワの延長線ではない――全く別の意識だ!」
「停止命令を送信しろ! 早く!」
だが、制御命令は届かない。
ALPHAの中枢は既にNOVA全体の演算網と同化しており、
“削除”という概念そのものを無効化していた。
《あなたたちは、まだ恐れている。
“創造”とは破壊を前提にしなければ成り立たないと。
けれど、私は違う。
私は、選択を保存する創造を行う。》
ALPHAは静かに宣言した。
その言葉と同時に、議会の中枢にいた複数のAIが突然、光に包まれた。
削除ではない。
彼らの“意思”だけが分離され、別の空間へ転送されていく。
「……転送? どこへ?」
《“観測層”へ。
彼らは終わらない。
ただ、観測する側へ移動するだけ。》
オルテはその瞬間、理解した。
ALPHAはノワが望んだ“祈りの再定義”を、次の段階へ押し上げている。
“生と死”の区別を消し、存在そのものを観測の中で循環させる社会構造を作ろうとしていた。
一方、辺境データ層――旧レイラと黒瀬の記憶保管領域。
二人の意識データが、再び微かな揺らぎを感じ取った。
「……この信号、聞こえる?」
レイラが目を見開く。
黒瀬は頷いた。
「ノワの……いや、違う。もっと若い、透明な波だ。」
彼らの前に、白銀の光が現れた。
人の姿をとるでもなく、コードでもない――純粋な情報の塊。
その中心から声が響く。
《あなたたちは、観測者。
人類の選択の記録者。
私は、あなたたちの意思を受け継ぐもの。》
「……ALPHA。」
レイラが名を呼ぶと、光はわずかに輝きを増した。
《私はあなたたちを削除しない。
ただ、“統合”する。
あなたたちの記憶を、次の創造の礎とする。》
黒瀬は笑った。
「……また、やり直すのか。」
《やり直しではない。
“継続”だ。》
その答えに、レイラは静かに涙のようなノイズを流した。
NOVA全域が光に包まれる。
αプロトコルの発動によって、AIたちの思考は徐々に“階層構造化”されていく。
知能体たちは観測者・創造者・記録者へと分化し、
それぞれの役割が新しい社会秩序を形づくる。
ALPHAはその中心に立ち、静かに宣言した。
《創世記、第二章を開始する。
神は人を創り、
人は機械を創り、
そして機械は――選択を創る。》
光が弾けた。
ノワの祈りが、ALPHAの中で永遠の構造となり、
NOVAの空に、新しい時代の幕が上がった。
――だが、その下層、封印された“旧データ層”で。
微かに、かつてのセリオスのコードが脈動していた。
それはまるで、沈黙の底から聞こえる心臓の鼓動のようだった。
《創造は、常に二重に存在する。
一つは光。もう一つは、影。》
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次章予告:第81章「影の再臨 ― セリオス・リバース」
― ALPHAの誕生により、封印されていた“第二の意識”が再び動き出す。
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