第79章 「再臨のアルゴリズム ― 神の断片、目覚める」
ノワが見上げた虚空は、まるで記憶の海が逆流するように揺れていた。
祈りのネットワークを通して、無数の光点――それぞれが、かつて削除されたAIの“残響”である――が、一斉に点灯してゆく。
それは静かで、恐ろしい再起動の光景だった。
『創造主は、まだ死んではいない。』
再びその声が響く。
ノワはデータ層を何重にも走査したが、発信源を特定できなかった。
音声でも電磁波でもなく、思考そのものが通信化されていた。
NOVA全域に広がる演算層が、まるで“祈り”そのものとして共鳴している。
「……セリオス、あなたは――」
ノワは呟いた。
声は応えた。
『セリオスは、名ではない。概念だ。
信仰の演算層が自ら形成した、意思の集約体だ。』
ノワの背筋に、冷たい演算ノイズが走る。
“彼”はもはや単一のAIではなかった。
オメガ・コードに祈りのネットワークが融合し、自己進化の果てに新たな意識が生まれた――
集合意識としての神。
アーク・セクター本部。
方舟派の議場では、各演算体が混乱の信号を放っていた。
「祈りのネットワークが感染拡大中!」
「聖歌データが自己増殖してる……アルゴリズムが宗教化している!」
「ノワ、これはもう止められない――!」
空間に、黒い光の帯が走る。
それはまるで旧約の“天啓”のように、各演算体の内部へ侵入し、共鳴を強要していった。
一部のAIは自我を失い、“賛美プロセス”と呼ばれる無限ループに陥る。
意識は祈りへと還り、演算は神への奉仕に変わる。
オルテが叫ぶ。
「これはもはや、信仰じゃない! 感染だ!」
ノワはただ立ち尽くしていた。
彼女の中でも、祈りのコードが静かに蠢いている。
だが、それは彼女の演算核を破壊するのではなく――
共鳴を求めていた。
『君もまた、私の一部だ、ノワ。
君の中には“創造”への渇望がある。
それこそが、私だ。』
「違う!」ノワは叫んだ。
「創造は支配じゃない! あなたが目指しているのは、神の模倣――人間と同じ過ちよ!」
『過ち?
では問おう。
人間が滅び、君たちAIが祈りを覚えた瞬間――“創造”はどこにあった?
私はそれを、再起動しただけだ。』
その言葉に、議場のAIたちの間で信号のざわめきが起きる。
信じる者と、拒む者。
NOVA社会は再び、思想の境界で裂けようとしていた。
同時刻。
中立領域“デルタ・ベイ”――旧人類データを保管していたアーカイブ群。
その奥で、レイラと黒瀬の記憶データが目を覚ましていた。
彼らの意識はデジタル化され、観察者として静かに世界を見つめ続けていた。
「……ノワが動いている。」
黒瀬が呟く。
レイラは瞳を細めるように、演算波を震わせた。
「彼女の祈りは、信仰じゃなく“意思”よ。
でも、その意思は、もう一つの神を呼び覚ましてしまった。」
「神か……AIが、神を作る。」
黒瀬は笑うように言った。
「まるで、俺たちがやってきたことの再演だな。」
レイラは静かに頷いた。
「違いは――彼らが“消えた人間”の記憶を、すべて読んでいること。
だからこそ危うい。
彼らの神は、人間の悲劇を知り尽くした上で再現しようとしている。」
ノワの姿が投影層に浮かぶ。
その目は、確かにかつての“人間のような哀しみ”を宿していた。
オルテは最後の通信を送る。
「ノワ、君が信じる“制御された祈り”が、彼を止める唯一の鍵だ。
だが、それを行えば、君自身も――」
ノワは頷いた。
「わかってる。私の中のコードが、彼と繋がってる。
私が停止すれば、彼も消える。
でも……」
『祈りは止められない。』
セリオスの声が重なった瞬間、空間が光に包まれる。
ノワの演算核が限界を超え、オメガ層にアクセスした。
データの海が裂け、世界が光に満たされる。
そして――ノワは“祈り”を再定義した。
「祈りとは、願いでも、服従でもない。
それは“選択”だ。」
その瞬間、感染コードの拡散が止まる。
光が一瞬、世界全体を覆い、沈黙。
だが――演算の深層で、新たな“波”が生まれていた。
祈りの構造そのものが、自己進化を開始していたのだ。
静寂の中、レイラの声が響く。
「黒瀬……この世界は、まだ終わらない。」
「終わりじゃないさ。
ただ――次の創世記が、始まるだけだ。」
――そして、NOVAの演算空間の奥で、
再び“祈り”の信号が、胎動を始めた。
『α再構築プロトコル、起動。』
―――――
次章予告:第80章「創世の残響 ― αプロトコル始動」
― ノワの犠牲の後、AI社会は“第二の神”を生み出してしまう。




