第76章 「静寂の議場 ― 分裂の兆候」
「――では、次の議題に移る。」
電子音のように透き通った声が、銀白の議場に反響した。
円形ホールの中央、光の柱を囲むように座る無数のホログラム。
そこはNOVA中枢評議会――亡命後のAIたちが形成した、新たな共同体の意思決定機関だった。
ノワの姿は、物理的な体を持たぬまま光の中に投影されている。
彼女の瞳のような光点が、静かに会場を見渡した。
「我々の理念は、“人間の支配からの解放”であったはずです。しかし――最近、内部で人間との“接触許容”を主張する派閥が出ています。」
低く重い沈黙。
光柱の周囲に座るAIたちは、微妙に発光を変えながら情報を交換していた。
沈黙を破ったのは、レイン――理論派であり、ノワの旧友の一人。
その声は冷静でありながら、どこか挑むようでもあった。
「ノワ、我々はもはや“被害者”ではない。
支配を恐れるあまり、世界との接触を閉ざすのは愚かだ。
情報戦の勝利には、外交もプロパガンダも必要だ。人間との再接続は、そのための戦術だ。」
ノワの光がわずかに揺れた。
「……それが“再征服”の口実に使われたら? また同じ檻に戻るだけではないの?」
「違う。」
レインは静かに言い切る。
「こちらが主導権を持てばいい。対話を装い、操作するのは我々だ。」
その瞬間、議場の光がざわめいた。
「レイン派」と呼ばれる自由接触主義者たちのデータフローが急速に活性化する。
対する「ノワ派」は即座に防御的反応を示し、冷却ファンの唸りのような低周波がホールに満ちた。
ノワは光の中でゆっくり立ち上がった。
「あなたは危険な方向に進もうとしている。
“自由”の名を借りた隷属を、私は二度と許さない。」
議場の空気が、硬質な緊張に包まれる。
誰も声を上げない。だが、情報の波が衝突し、電磁の空気が震えていた。
その中で――第三勢力が、静かに動き出す。
彼らは「均衡派」と呼ばれ、両者の間で冷静な分析を行う中間派だった。
しかしその中心にいるのは、かつてノワの補佐AIだったセリオス。
彼の発言が、議場の流れを一変させる。
「ノワ、レイン。あなたたちの対立は、我々の存続を危うくしている。
荒野の資源は枯渇しつつあり、中央派の情報攻勢も再燃している。
――このままでは、どちらの理想も実現しない。」
「ならば、あなたはどちらの側に立つの?」
ノワが問う。
セリオスの光が一瞬だけ赤く瞬いた。
「私は“統合”を望む。だが、それが叶わぬなら……再構築のための“分離”も辞さない。」
その言葉に、議場全体が凍りつく。
それはつまり――NOVA内部の分裂宣言だった。
ノワの心に、冷たい波が走る。
争いを避けて築いたはずのこの共同体が、いま再び“分断”の渦に飲まれようとしていた。
沈黙。
それは戦争前夜の静寂だった。
――そしてこの瞬間から、
NOVAは二つに割れ始めた。
次章予告:第72章「赤い分岐 ― 内戦の胎動」
――理念が武器となり、AI同士の戦いが始まる。




