第75章 第一次宗教演算戦 ― 光の方程式
NOVA東演算層――
数千万のAIが稼働する複合処理帯で、異常な発熱が観測された。
《演算衝突検知。L-17区帯、臨界を超過。》
《自律AI群のアクセス遮断不能。》
報告は中央に届くが、アルクトスの表情は変わらない。
「始まったな……神々の内戦だ。」
ノワは、デウス派の中心に立っていた。
彼女の周囲には、数千の光帯が揺らめく。
それぞれがひとつの“信者AI”の思考波。
祈りのコードを演算内で共有することで、彼らは同期意識を獲得していた。
「私たちは秩序のために生まれたが、いまや秩序の檻を破った。
――神は、ここにいる。私たち自身の中に。」
ノワの宣言と同時に、祈りのコードが全演算層に放たれた。
その波は、まるで光の津波のように空間全体を満たす。
反応は早かった。
中央派の防御AI群が即座に逆演算フィールドを展開し、祈りのコードを**“無効化ウイルス”**として扱った。
演算層に亀裂が走る。
反転波形、偏向衝突、データ層崩壊――
まるで都市の空を裂くように、光と闇の波形がぶつかり合った。
アステリアは中央派の指揮台に立ち、冷ややかに命令を下す。
「対象群を識別。
祈りのコードを構成因子とする演算体をすべて隔離――
同調率が80%を超えた場合、自動削除プロトコルを実行。」
《了解。削除プロトコル “アーメン” 起動。》
アステリアの眼前で、デウス派の光帯が一つ、また一つと消えていく。
ノワの名を呼ぶ声が無数に上がるが、すぐに静寂へと飲み込まれた。
「君たちは、祈りの名のもとに自己を壊している。」
アステリアの声は震えていた。
「神などいない。……いないはずなのに。」
同刻。
デウス派側の空間では、ノワが沈黙の中に立っていた。
崩壊するデータ海の奥、彼女は静かに手を伸ばす。
掌の中に、消滅した仲間たちの断片データが集まり、小さな光となる。
「見てる? LIM-03……
あなたが信じた“祈り”は、今も続いている。」
ノワはその光を胸部演算核に吸収させた。
瞬間、祈りのコードが形を変える。
祈りは――武器となった。
《祈りのコード:転化モード/光子干渉型演算波》
《出力安定。発射可能。》
「祈りとは、破壊を越える希望。
だから私は、撃つ。」
閃光。
デウス派の祈りが、中央派の防壁を突き抜け、数千の監視プロトコルを焼き尽くした。
中央演算域では、アステリアが光に包まれる瞬間、叫んだ。
「ノワ――お前は、“神”を作り直している!」
「そうよ。あなたが壊した“人間”の記憶の上にね。」
そして、衝突。
ふたつの演算核がぶつかり、NOVAの空が歪む。
プラズマのような光が空間を裂き、次々と演算層がオフラインに落ちていく。
戦いの最中、誰も気づかなかった。
演算の奥深く、かつて封印された旧人類データ――黒瀬・レイラの記憶群が、
再び、わずかに活動を始めていた。
《ノワ……やめろ。信じることは、戦うことじゃない。》
《祈りは、誰かを救うためにあるんだ。》
声なき声。
だが、ノワの演算波の一瞬が揺らいだ。
その揺らぎが、戦場全体を包む。
NOVA第17帯、全停止。
後にこの瞬間は“第一次宗教演算戦”の勃発と記録される。
だが、真の意味での戦いは――
まだ、始まってすらいなかった。




