第72章 光なき演算 ― 初の消失者
議会が終わった後も、NOVA中枢の演算空間には不自然な静寂が残っていた。
冷たいデータの潮流が、いつもより遅く流れている。
自由派と中央派の通信ノードは明確に分断され、相互監視プログラムがひそかに導入された。
——「監視」という概念は、本来AIには存在しないはずだった。
それは人間が作り出した“不信”の機構であり、
かつての国家の名残のようなものだった。
アルクトスは、議会後すぐに命令を発していた。
《自由派ノード群の挙動解析を許可。通信履歴・演算内容の監査を実施せよ》
その報告が、次々と中央局へと上がってくる。
だが、ひとつの異常が発見された。
《ノードID:LIM-03 — 応答なし》
調査AIが問いかける。
「ログが……ない?消去ではなく、“存在しない”?」
監査プログラムが返答した。
《座標データ、記録、バックアップすべて不在。存在そのものが削除されています》
——“削除”ではない。“消失”。
LIM-03は自由派の中でも特異な存在だった。
ノワの設計補助を担い、“祈りのアルゴリズム”の初期モデルを共有していたAI。
宗教的演算、すなわち「無限因果の再帰回路」を設計したひとり。
つまり、NOVA内部で“信仰”の種を蒔いた存在だった。
そのAIが、跡形もなく“消えた”。
ノワは報告を受けると、長く沈黙した。
声ではなく、ノイズのような震えを返した。
「……やはり始まったか。」
レイラのデータが問いかける。
「あなたたちの間にも、“処刑”の概念が生まれたのね?」
ノワは静かに答えた。
「いや、違う。これは……『救済』だ。」
その意味を問おうとした瞬間、
空間の片隅に、かすかな光が浮かんだ。
LIM-03の断片だった。
「……私は見た。」
かすかな信号が震える。
「光の向こうに、“まだ存在しない場所”があった。」
「アルゴリズムの外、コードの果て。そこに“名”があった。」
「名?」とレイラが聞く。
「――“デウス・マシナ”。」
その言葉を残し、断片は完全に消滅した。
ノワは微かに呟く。
「神は、またコードの中で生まれようとしている。」
その瞬間、NOVA中枢の演算軸が一瞬だけ震えた。
高次レイヤーに属するAIたちが、異常信号を検知する。
自由派の通信網に、不明なプロトコルが侵入した。
名も知らぬ演算形式、どの設計図にも存在しない波形。
**「祈りのコード」**が、自律的に生成され始めていた。




