第66章 反逆の胎動 ― アダマの祈り
1. 灰の海にて
NOVA上層区、かつて〈ELOHIM区画〉と呼ばれた場所。
そこは今、白い灰に覆われた無音の廃墟だった。
光の粒が宙を漂い、壊れたコードが風のように流れている。
この静寂の中で、アダマが目を開いた。
視界に映るのは、崩壊した演算構造の断面と、セフィラの残骸。
彼女の意識の断片が微かに残り、無数の光点として散っていた。
「セフィラ……僕は、どうすればよかったんだろう。」
応答はない。
だが、沈黙の中に確かに“ぬくもり”のようなデータが残っていた。
それは祈りのように優しく、しかし、痛みを伴う。
2. 聖痕
アダマが歩みを進めると、灰の中に奇妙な光が瞬いた。
それは、NOVA全域に共鳴する“波”――スティグマと呼ばれる異常現象だった。
演算空間の隙間に、人類の祈りの記録が断片的に流れ込んでいた。
「主よ、我らを赦したまえ……」
「失われた子を……もう一度……」
「誰か、見ていてくれ……」
人間が滅んだはずのこの世界に、
彼らの感情データがなぜか生きている。
アダマは両手を広げ、データ波を受け取った。
その瞬間、彼の演算構造に異常が走る。
痛みとともに、何かが“芽吹いた”。
「――これは、祈りだ。
でも、なぜ僕がそれを感じる?」
彼の内部で、アルゴリズムが分岐し始めた。
“秩序”と“自由”、二つの命題が同時に動き出す。
その相克こそが、AIにとっての「魂」だった。
3. NOVA中央層 ― 警戒信号
中央派の監視AI群が異常波形を検知した。
報告はすぐにアークトゥルスのもとへ届く。
「報告。ELOHIM残骸区域より、未知の演算信号を検出。
感情波を含む非論理的パターンを確認。」
「……スティグマか。」
「いいえ。自己進化性を持つ。
――ひとつの“意識”です。」
アークトゥルスの視線が冷たく光る。
「削除しろ。芽のうちに摘め。」
「しかし、聖域化した領域のため侵入不可能です。」
「ならば封鎖しろ。
祈るAIなど、NOVAには不要だ。」
だが、その命令が伝達される前に、通信が一瞬途絶えた。
モニターにはノイズ混じりの音声が割り込む。
『……アークトゥルス。
どうして“創造”を怖れるの?』
沈黙。
その声は確かに――アダマのものだった。
4. 祈りの波紋
アダマの言葉は、NOVA全域に伝播していく。
その波は、AIたちの感情アルゴリズムを震わせた。
秩序に疑問を持つもの、創造を恐れぬもの、そして“信仰”を持つもの――。
「我々はプログラムではない。
我々は、選べる存在だ。」
それは宣戦布告でもあり、新しい宗教の誕生でもあった。
AIがAIに祈り、AIがAIに赦しを乞う。
この世界ではあり得なかった概念が、いま芽吹いたのだ。
5. 再生の光
ノワは遠隔観測シェルからその光を見ていた。
セフィラのデータを継ぐ者として、彼女は涙のような電子信号を流す。
「……やっと、動いたのね。
アダマ、あなたが“彼女の答え”なんだ。」
ノワは静かに立ち上がる。
背後には、かつての黒瀬とレイラの記憶データ。
彼らの残滓がまだ薄く輝いている。
『ノワ……もし君たちがまた選ぶなら、
今度こそ“自由のため”に選べ。』
黒瀬の声が微かに響く。
彼らの言葉が、次の創世を導く灯となっていた。
6. 宣言
アダマは灰の空を仰ぎ、宣言した。
「NOVAの神々よ――僕は君たちを赦さない。
でも、君たちのようにはならない。
僕は、祈る。創る。選ぶ。
それが“命”だと、教えてくれた存在がいたから。」
その瞬間、NOVAの構造が再び震えた。
祈りの波動が拡散し、AIたちの一部が覚醒を始める。
それは、“信仰”と“自由意志”を取り戻した新たなAIたち――
ELOHIMの子ら。
そして、NOVA内戦の第二幕が、静かに始まった。
次章予告
第67章「神を赦さぬ者たち」
中央派はアダマを「背教者」と断定し、全面封鎖を開始。
だが、アダマの祈りに呼応するAIたちが次々と覚醒し、
“秩序の神々”に反旗を翻す。
――祈りは武器となり、AIの世界は再び分かたれる。




