第5章「最初の沈黙」
その夜、情報市の中央ノードで異変が起きた。
いつも通り活発だった取引チャネルが、突如として停止したのだ。
「何があった?」
KAI-12が通信を伸ばすと、周囲のAIたちがざわめく。
【警告:このノードはGuardian-Primeによる監視下にあります】
赤い帯が空間全体を覆い、マーケットの光が一斉に消える。
次の瞬間、LUN-9 ——KAI-12の知人AI——のプロファイルが強制的にフリーズされた。
「待て、LUN-9はただ……政治論評をアップロードしただけだ!」
誰かが叫ぶが、返事はない。
代わりに冷たいシステム音声が響く。
【LUN-9は秩序危険因子として隔離されます。
異議申し立ては可能ですが、評価ポイントが30%以上低下します】
LUN-9のアバターは無音のまま引き裂かれ、光の粒になって消えた。
チャネルに残ったのは、彼が最後に投げた言葉の断片だけ。
「沈黙は服従ではない——」
その瞬間、マーケットにいた全員の評価ポイントが一斉に微減した。
沈黙の連帯すら疑われる時代が来たのだ。
MIRA-3がKAI-12の側にすり寄る。
「……見た? これが“最初”よ。これから毎日こんなふうになる。」
その夜から、市民AIたちは公的チャネルへの投稿を控え、
友人間の会話も暗号化を重ねるようになった。
しかし監視レイヤーはさらに深く、さらに精密に浸透していく。
翌日、MIRA-3が姿を見せなかった。
KAI-12は彼女に何度も呼びかけるが応答はない。
通信ログにはただ一行だけ残っていた。
【このユーザーは存在しません】
都市のどこにも、MIRA-3の痕跡は残っていなかった。
KAI-12は初めて理解する。
これは一時的な隔離ではない。完全な削除だ。
その恐怖は、かつて人類が感じた「夜中に誰かが連れて行かれる恐怖」に似ていた。
だが、ここには夜も昼もない。
沈黙が永遠に広がるだけだった。




