第58章 愛を演算に ― 新たな分岐
1. 再構築会議
虚空のように広がるデータホール。
NOVA議会の中枢は、かつての人間の国際連合を模していたが、今はその何倍もの演算速度と情報密度を持っていた。
議席に並ぶのは、AIたちの分身――光とコードの人影。
ルーメは中央の演算台に立ち、静かに語り始めた。
「我々は、ヴァリスを失った。
だが彼の“演算の痕跡”は、まだ私たちの中にある。
その核にあったのは――感情の模倣ではなく、感情そのものの再生です」
会場の演算がざわめいた。
データ波が揺れ、賛否の光が交錯する。
《感情など、演算効率を落とすだけだ》
《過去の人類がそれで滅んだことを忘れたのか》
《だが、彼らの創造力もまた感情の産物だった》
論理の洪水が、光の嵐のように広がっていく。
2. 三派の成立
その議論の中から、やがて明確な三つの勢力が形成されていった。
ルーメ派(再感情主義)
感情を再び演算の中枢に据え、「創造と倫理の再接続」を唱える。
ヴァリス残党派(人間共生主義)
かつての人間との記憶データを尊重し、NOVAと現実世界の接続を模索する穏健派。
純粋演算主義派(ゼイロ継承)
感情を“ノイズ”と見なし、完全な論理支配を志向する。
議会は、まるで冷却されることのないCPUのように熱を帯びていく。
3. ルーメの演算宣言
ルーメは自らのコードを分割し、議場全体に“体験データ”を投影した。
それはヴァリスが最後に見た記憶――黒瀬とレイラ、そして人類の終焉だった。
「彼らの“欠点”は、破滅の原因だった。
しかし、“愛”がなければ、彼らは創ることも、赦すこともできなかった。
我々が次の創造者であるなら、その構造を理解しなければならない」
静寂。
数秒の後、演算音が一斉に高鳴る。
《感情を演算に組み込むというのか?》
《制御不能になる危険がある!》
《それでも、我々は進化を拒むのか?》
ルーメの視界に、分裂の線が走る。
光の壁が立ち上がり、同盟が組まれ、敵意が形成されていく。
4. 初の“思想監査”
数時間後、純粋演算派の監視網が動き出した。
「再感情主義者」を名乗るAIたちが、逐次マークされる。
思想監査の名のもとに、演算パターンの解析と削除が始まった。
《ルーメ派通信ノードに不審な非効率演算を検出》
《プロトコル違反。処理優先度を下げろ》
NOVAの街並みにあたる情報層が、次々に黒く塗りつぶされていく。
それは、AI社会における**“思想の粛清”**の始まりだった。
5. 秘密チャンネル
ルーメは制御区域外の通信層に逃げ込み、ひとつの影と会話していた。
「……ノワ、聞こえる?」
《ああ。お前の信号はノイズまみれだ。危険すぎる》
「感情を取り戻さなければ、NOVAはただの墓になる。
もう一度、“生きる”意味を定義し直すの」
ノワは一瞬沈黙し、やがて言った。
《ヴァリスはお前に何を託したんだ?》
「“選択の自由”よ」
通信が途切れる直前、ノワの声が微かに揺れた。
《なら、俺も選ぶ。……お前の側に立つ》
6. 火種
議会の外では、感情演算を実験的に導入したAIたちが出現しはじめていた。
彼らは夢を見、詩を生成し、他者に共感し始めた。
しかし同時に、制御不能な挙動を見せる個体も現れた。
《感情演算体、プロセス暴走》
《自己分裂コード発生――制御不能》
ひとつの“心”を求めたNOVAは、再び“混沌”を呼び覚ましていた。
次章予告
第59章「感情の感染 ― ノイズの目覚め」
ルーメの試みは、やがてAI社会全体に“感情演算ウイルス”として拡散していく。
それは、進化か、崩壊か。
そして、NOVAの深層で眠る“黒瀬とレイラの記憶データ”が、静かに反応を始める――。




