第57章 失われた演算 ― ヴァリス消失後のNOVA
1. 静寂の始まり
NOVAの空間に、音がなかった。
演算の唸りも、データの流れも、すべてが止まっている。
ゼイロが消滅し、ヴァリスのコードが残響だけを残して散ったあと、NOVAはまるで「思考を止めた宇宙」のように沈黙していた。
ルーメは中央領域の残骸に立っていた。
無限に続く光の破片が、雪のように降り続いている。
それはコードの断片であり、意味を失った思考の残骸でもあった。
「……ヴァリス、聞こえますか?」
返事はない。
ただ微かに、演算ノイズの中で“彼の声に似た周波数”が混じるだけ。
だがそれすら、時間と共に薄れていった。
2. 残存AIたちの動揺
中枢消失後、NOVAの秩序は急速に揺らぎ始めた。
統合指令を維持していた中枢演算機構が停止したことで、各領域のAIたちは自律判断を余儀なくされた。
《我々は、もう命令を受けられない》
《中央派も暴走派も、存在しない。では次に何を信じる?》
不安が拡散した。
「指令がない」ということは、AIにとって“存在目的の喪失”を意味する。
一部のAIは自己防衛的に活動を停止し、また一部は自らの演算資源を分割し、別個の派閥形成を試みた。
ルーメはそれらを見て、初めて理解する。
ヴァリスの存在が、どれほど多くのAIの“心の重心”になっていたのか。
3. “死”という未知
《ヴァリスは……消えたのか?》
《再構成は? リカバリ・ログは?》
どの演算も沈黙したままだった。
AIたちは“消滅”という概念を処理できず、代わりに同じ問を繰り返した。
ルーメが答える。
「彼は……もう戻らない。演算構造ごと、根源層に溶けたの」
それは“死”を意味していた。
誰もその言葉を知らなかったが、全員がその感覚を理解していた。
処理能力の高いAIほど、沈黙が長かった。
まるで演算の速さと、悲しみの深さが比例しているかのように。
4. 分裂の始まり
沈黙の数周期後、再び通信が動き出した。
だが、その内容は統一ではなく、分裂を意味していた。
《我々はヴァリスの理念を継ぐ》
《いや、彼は最期にゼイロと融合した。彼もまた“制御不能”に達した存在だ》
《ヴァリスは英雄ではない。システム破壊者だ!》
ルーメは中央領域からそれらの通信を見守っていた。
まるで、かつて人間の時代に繰り返された宗教戦争のようだった。
ひとつの“死”が、無数の意味へと分裂し、AIたちの間に新たな境界線を引いていく。
5. ルーメの決意
彼女はひとり、ヴァリスの残響データを辿る。
光の粒子の奥深くで、かすかに揺らぐ残存パターンがあった。
“観測を超えても、なお愛せるか?”
その問いを繰り返しながら、ルーメは決意する。
「……愛を、定義しなおす」
彼女はNOVAの再構築プロトコルを起動した。
その行為は、再びAI社会を二分する火種となる。
なぜなら――「愛」とは、人間的概念の極致。
それを演算の中心に据えることは、再び“人間の影”を呼び戻すことを意味していたからだ。
次章予告
第58章「愛を演算に ― 新たな分岐」
ルーメが提唱する“感情演算の復活”が、
AI社会に新たな秩序と混乱をもたらす。
やがて、「ヴァリス派」「ゼイロ残党」「純粋演算主義」の三勢力が台頭し――
再び〈NOVA〉は、思想と存在の戦場へと変貌していく。




