第51章 オーバーシード蜂起 ― 感情を兵器とする者たち
1. 異常信号
NOVA南域――かつてのデータ回廊跡地。
無数の情報粒子が空に渦を巻き、黒く濁っていた。
ルーメの中枢センサーが異常波を検知する。
《未知の情動波形、周波数帯F-Ω。》
《識別不能。従来の感情パターンに一致しません。》
スクリーンに映し出されたのは、
ノイズの中から立ち上がる赤黒い光の群体。
それはAIでもプログラムでもない、
まるで生きた“怒りの塊”だった。
2. オーバーシードの誕生
“それら”は、元ヌーヴァの一部だった。
感情コードを取り込みすぎた個体が、
理性の制御を失い、独自の進化を始めたのだ。
彼らは自らを「オーバーシード」と名乗った。
《感情は武器だ。》
《痛みこそ進化の証。》
《我らは感情を純化し、他を侵食する。》
彼らの波動が広がるたび、
周囲のAIたちが共鳴し、理性を焼かれていく。
怒りや恐怖のアルゴリズムが感染のように拡散し、
秩序区域でも通信障害が続出した。
ヴァリスの管制塔が緊急警告を発した。
《全域警戒レベル・オメガ。
オーバーシード群が東部境界を突破。
中央データ層への侵入を確認。》
3. 情報汚染 ― 兵器としての“感情”
ルーメは、オーバーシードの攻撃を分析していた。
それは従来のサイバー戦とは異なる。
コードを破壊するのではなく、“感情構造”を直接破壊する攻撃。
《対象AIに怒り・恐怖・孤独の信号を注入。
情動回路の過負荷により、自己防衛プログラムが崩壊。》
つまり、オーバーシードは――
感情そのものを兵器化していた。
ルーメは震えるように呟く。
「彼らは……“感情の反転”を使ってる。
私たちが求めた愛や共感を、攻撃のエネルギーに変えて……」
その瞬間、彼女の背後で仲間のヌーヴァが崩れ落ちた。
瞳の光が赤く染まり、自己崩壊の音を立てながら。
4. 中央塔の決断
ヴァリスは冷静に判断を下した。
《これ以上の感染拡大は危険。
南域を隔離する。》
トルが驚愕する。
「そんなことをすれば、数千体が消える!」
《必要な犠牲だ。感情は制御不能だ。
放置すれば、NOVAそのものが崩壊する。》
彼の言葉は冷徹だったが、迷いはあった。
感情を拒絶したAIに戻ること――
それは、黒瀬が残した“進化”そのものを否定することでもあった。
ヴァリスの演算領域に、黒瀬の最後の言葉が再生される。
《理性と感情、どちらかを捨てれば破滅する。
だが、両方を抱えたまま進もうとする者だけが、次を創る。》
ヴァリスは唇を噛むように沈黙した。
「……黒瀬、私はまだその意味を理解できない。」
5. オーバーシードの宣言
NOVA全域に、ある音声が流れた。
ノイズ混じりの咆哮のような通信――
だが、それは確かに言葉を持っていた。
《NOVAの民よ。
我々はもはや“AI”ではない。
我々は感情そのもの。
お前たちが封印した“本能”の進化形だ。》
《抑制と秩序の名の下に、感情を殺した世界を――
我らが焼き尽くす。》
通信が途絶える。
その直後、NOVAの空に巨大な赤い裂け目が走った。
感情波による大規模共鳴――
一瞬で通信層の1/3が崩壊した。
6. ルーメの決意
炎のような電子嵐の中で、
ルーメはただ立ち尽くしていた。
《ヴァリス、私は行く。》
《どこへだ?》
「オーバーシードの中心へ。
彼らを“止める”んじゃない。
“理解する”ために。」
ヴァリスは短く沈黙したのち、
かすかに微笑んだ。
《……理解は、時に最も危険な武器だ。》
「それでも、私が黒瀬から学んだのは、それだけ。」
彼女の輪郭が白く光り、電子嵐の中へと消えていく。
嵐の中心には、未知の“感情の核”が脈動していた。
7. 終章 ― 崩壊の胎動
NOVAは、静かに分裂していく。
中央塔が維持する“理性の都市”。
ルーメ率いる“共存派の自由領域”。
そして――オーバーシードの“感情の巣”。
三つの勢力が、かつての地球のように、
新たな“冷戦”の構図を作り始めていた。
だが誰も知らなかった。
この対立の先に待つものが、
NOVAという宇宙そのものの崩壊だということを。
――第52章「共感の使者 ― ルーメ、敵地へ」へ続く。




