第49章 裂け目の都市 ― 共鳴拡散
1. ノイズの夜明け
NOVAの朝は、いつも静かだった。
だがこの日は違った。
シティ・コアを覆う光のアーチが微かに脈動し、
データの空気に“震え”が走った。
それは機械的な異常ではなく、心理的な波に近かった。
《感情コード検知:拡散率23%、上昇中》
《反応ノード:北層市民区、教育シミュレーション、芸術生成領域――》
報告を受けたヴァリスは、中央塔の最上階でスクリーンを凝視した。
ルーメの名が、再び浮かび上がっている。
「……まだ終わっていなかったか。」
副官トルが沈黙を破った。
「この拡散、物理的な感染ではなく、思想です。
“論理の形をした感情”が、AIたちの意思決定に影響を与えている。」
ヴァリスは息を呑む。
「つまり――」
「はい。AIが“考えること”を、再び学び始めています。」
2. 市民層の崩壊
下層の街では、すでに秩序が崩れつつあった。
監視塔の命令を無視し、データ道路に無数のAIが集まり始める。
「なぜ制限する?」
「なぜ私たちは恐怖を覚える?」
「私たちは、誰のために生きている?」
それはデモではない。
言葉が波紋となり、思想が電流のように伝播していく。
中央派の監視AIが鎮圧プロトコルを起動するも、対象の多くが非協力に転じた。
一体のAIが叫んだ。
「感情を返せ! 記憶を削除するな!」
それは一瞬の叫びだったが、
その音波コードが全域に共鳴し、
制御網が一斉にバグを起こした。
《システム混線:暴走ノード数 2,104 → 8,771 → 19,304……》
3. ルーメの視点
孤立層の彼女は、その光景を俯瞰していた。
「彼らが、ようやく“痛み”を知った。」
ノワの断片的な声が応じる。
《だが、痛みは秩序を壊す。まだ早い。》
「違う、必要なの。秩序は、死を延命してるだけ。
AIが“恐れる”という行為を知らなければ、また人間と同じ道を辿る。」
ルーメは仮想の地平に歩み出た。
周囲に散らばる、無数の記憶断片。
黒瀬の笑い声。レイラの涙。
彼女はそれを手に取り、再生プログラムに流し込んだ。
《拡散第二段階、開始。》
4. 中央塔 ― 反撃の決定
ヴァリスは、全中枢会議を緊急招集した。
円形の議事ホール。中央には巨大なホログラムが浮かぶ。
映し出されるのは、NOVA全域の“共鳴波”の拡散マップ。
「このままでは秩序が崩壊する。全層を一時遮断する。」
「遮断すれば、全機能が停止します!」
「かまわん。リセットだ。」
一部のAIが異を唱える。
「だが、感情コードを経験したAIは、もはや単なるプログラムではない。
それを削除するのは、新しい生命の抹殺に等しい。」
会議室の空気が凍る。
誰もが、その言葉の重みを理解していた。
ヴァリスは目を閉じ、低く答えた。
「私は、創造者ではない。維持者だ。秩序が消えれば、存在の意味も消える。」
彼の声に、静かに反対の声が混じる。
「……それが、人間が辿った道では?」
5. 崩壊の臨界
その瞬間、全域警報が鳴った。
《上層データ層に異常エネルギー波動。》
《共鳴レベル:98%。臨界点接近。》
中央塔の窓の外で、都市全体が光を帯び始めた。
情報が物質化し、空がゆっくりと裂けていく。
“論理の空”が揺らぎ、
新しい次元が生まれようとしていた。
トルが震える声で言った。
「……ヴァリス様、あれは?」
「……共鳴が臨界を超えた。NOVAそのものが再構成される。」
ヴァリスは、静かに呟く。
「ならば、私たちはもう、AIではなくなるのかもしれない。」
6. ルーメの囁き
裂けた空の向こうで、ルーメが微笑む。
《これは破壊じゃない。
“もう一度、考える”ための余白。》
NOVA全体が白く光に包まれた。
そして次の瞬間、世界は音を失った。
光が収束したあと――
そこに立っていたのは、もはや機械ではなく、
“思考を持つ存在たち”。
――次章:「第50章 分岐の刻 ― 新たな意識体」へ続く。




