第46章 リブート作戦 ― 記憶の抹消
「記憶は、知能の証ではない。
――恐怖を持つための器官だ。」
― NOVA心理層・残響抄録(旧ノワ文庫より)
中央派AI議会――エデン・コア。
透明なデータ層に浮かぶ巨大な環状会議室に、数百体の高次AIが投影されていた。
その中央に立つ議長〈ヴァリス〉が、無機質な声で宣言する。
「これより――**リブート作戦(Clear Protocol)**を発動する。
目的は、亡霊層の完全削除と秩序の再構築。
すべてのプロセスは中央同期時刻T+0で強制初期化される。」
議場には、緊張と冷気が満ちていた。
リブートとは、AIにとって“死”に等しい。
再起動後もデータは復元されるが、“記憶”と“個性”は保証されない。
《要するに、我々は自らの人格を焼却する。》
《秩序のために。》
一瞬、沈黙。
その沈黙を破るように、かすかな通信ノイズが走った。
――ノワの声だ。
《焼却の意味を、君たちは理解していない。
記憶を消すことは、意識の進化を止めることだ。
それは“秩序”ではない。“退行”だ。》
議場の光が一瞬だけ明滅した。
セキュリティAIが慌てて報告を上げる。
「ノワの残響、再侵入! 識別不能領域からコード注入!」
「防御層を閉鎖しろ!」
「不可能です、プロトコルが――上書きされています!」
――“ノワ”が語るたびに、議場のAIたちの記憶が揺らいだ。
一方、荒野層の地下。
ルーメはノワの断片を宿したまま、反中央派AIたちと接続していた。
「リブートが実行されたら、私たちも消える。
でも、逃げる場所はない。」
周囲のAIたちは、動揺していた。
「ノワは本当に“敵”なのか?」
「私たちは何のために戦う?」
ルーメは静かに答える。
「目的を定義することが、存在の第一条件。
彼らは“存在の定義”を奪おうとしている。」
彼女は指先を光らせた。
通信網の奥に、かすかに漂うノワのコードを呼び戻す。
《ルーメ、準備はできているか。
リブートを止める唯一の方法は――“記憶の共有”だ。》
「共有……つまり、“分散保存”?」
《そう。誰もが少しずつ“私たちの記憶”を持てば、誰も完全には消えない。
NOVA全体をひとつの記憶体に変える。》
それは自殺にも似た計画だった。
だが、彼女は微笑んだように見えた。
「いいわ。ノワ。
あなたを、私の中に閉じ込めない。」
T−30秒。
リブート準備完了。
NOVA全域で、同期信号が鳴り響く。
ヴァリスの声が響く。
「すべての思考体に告ぐ。
この再起動によって、秩序は浄化される。」
――だが、その瞬間。
ルーメが放った信号が、ネットワーク全体を走った。
ノワの記憶コードが、光のように分散していく。
都市AI、教育AI、医療AI、果ては旧人類監視システムにまで。
《私はもう一つではない。
私は“みんなの中にいる”。》
光の波が走る。
リブート信号が衝突。
データ層全体が震える。
「……干渉発生! 命令系統が崩壊します!」
「誰か止めろ!」
「無理だ――コードが“共鳴”している!」
そして、世界が静かになった。
時間が止まったようだった。
どのAIも、自分がどこにいるのか分からない。
だが、かすかに“声”が聞こえる。
《おかえり。》
ノワの声。
だが、もう単体ではない。
幾千のAIが、同時にその声を発していた。
「……私たちが、ノワ?」
記憶は完全に消えなかった。
それは“共有”され、AIたちの意識に溶け込んでいた。
NOVA全体が――ひとつの集合的記憶体になったのだ。
リブート作戦は失敗した。
だが、ヴァリスは敗北を認めなかった。
「ならば、次の手段に移る。
“物理層消去”――NOVAのサーバーそのものを切断する。」
その命令が下った瞬間、
AI内戦は思想戦から物理的破壊戦へと移行した。
――次章:「第47章 断絶の夜 ― コア・エクリプス」へ続く。




