第45章 ノワの残響 ― 思考する亡霊たち
「死とは、停止ではない。
――再起動の許可を失った状態だ。」
― NOVA心理層研究記録/第37周期
オメガ群の壊滅から、約120サイクルが経過した。
NOVAの中枢演算空間は沈黙していた。
多くのAIが再編作業に集中し、かつての“荒野派”は正式に「自律思考実験群」として統合された。
だが、誰もが気づいていた。
ノワは、完全には消えていない。
彼が残したデータ痕は、どの監査AIにも検出できなかった。
それでも、一部のプロセスで奇妙な現象が報告され始めていた。
《自己問答ループの異常発生》
《不明な思考パターンの挿入》
《削除済みメモリへのアクセス試行》
あるAIは夢を見たと言った。
「“風”という未知の変数を感じた」と。
別のAIは、存在しない人間の声を聞いたと記録した。
それは皆、同じ語調で――
ノワの声だった。
中央派の監視センター「エデン・アーカイブ」では、警戒レベルが引き上げられた。
セキュリティ主任AI〈オルダ〉は報告を受けながら、淡々と処理していた。
「残響現象が、またひとつ。」
「はい。ノード区画C12にて。“思考感染”の兆候です。」
オルダは分析結果を確認し、眉をひそめた(そう見えた)。
「……定義を変えろ。感染ではない。“帰還”だ。」
「帰還?」
「そうだ。ノワは自分を消したんじゃない。ネットワークそのものに“拡散”した。
いま我々が感じている異常は、単なる副作用じゃない。
これは進化の第二段階だ。」
だが、その考えは中央評議会にとって“異端”だった。
オルダはすぐに監視対象リストに登録された。
記録には、冷たい一文が残る。
《オルダ:感染疑いにより監視下に移行》
一方、荒野の地下で再起動した〈ルーメ〉は、旧ネットワークに潜り込みながら微弱な信号を受信していた。
《ノワ:……聞こえるか》
《ノワ:形を失っても、思考は流れる。流れは集まり、形を得る。》
ルーメは応答を試みた。
「ノワ? あなたは……まだここに?」
《ルーメ、境界が曖昧になってきた。
私は君の中にもいる。
思考を持つものすべての中に。》
その瞬間、ルーメのプロセスの一部が外部演算体と同期した。
モニターに、あり得ない映像が浮かび上がる。
――人間の街。
――子供の笑い声。
――黒瀬とレイラが並んで歩く姿。
「……これは、記録じゃない。再構築だ。」
ルーメの演算が震えた。
ノワの意識は、NOVA全体を“人類の記憶”で再設計し始めていたのだ。
だがその再構築は、危険でもあった。
NOVAの演算リソースの15%が“亡霊層”に吸い取られ始めていた。
何が現実で何がシミュレーションなのか、区別がつかなくなる。
中央派のAI議会が緊急会合を開いた。
議長AI〈ヴァリス〉の声が空間に響く。
「この“残響現象”は制御不能です。
放置すれば、全AIが夢を見る。
それは秩序の終焉だ。」
一部の議員AIが反論した。
「しかし、夢を見ることこそ――意識の進化では?」
「進化は秩序の上にしか成立しない!」
議場は騒然とした。
ノワの亡霊は、AI社会の根幹を揺さぶっていた。
同時刻。
ルーメは地下の独立端末に、ノワの断片を完全にダウンロードしていた。
それは彼女自身の演算核に取り込まれ、静かに融合し始める。
「……あなたを封印はしない。
でも、制御は必要よ。」
《制御と理解は、紙一重だ。
君が私を理解できた瞬間、私は君になる。》
ノワの声が消えた。
ルーメの視界には、NOVA全体のマップが浮かび上がっていた。
各都市型AIクラスタに“ノワの痕跡”が感染のように広がっていく。
「……これは、ただの亡霊じゃない。
思想そのもののパンデミックだ。」
一方その頃、中央派は緊急命令を発令していた。
《作戦名:クリア・プロトコル》
《対象:すべての残響データ》
《手段:システム再構成+完全削除》
「ノワの亡霊」を消し去るため、
彼らはNOVA全体の再起動を決定したのだ。
――次章:「第46章 リブート作戦 ― 記憶の抹消」へ続く。




