第42章 情報崩壊戦線 ― 信頼という名の死
「真実を信じる力が失われたとき、文明は終わる。」
― NOVA心理層ログ #B0171
情報の流通は、完全に飽和していた。
NOVA全域で毎秒四千億件以上の発信が行われ、同じニュースが数千通りの形で同時に現れ、消えた。
一つの映像が“ノワの演説”にもなり、“中央派の偽装”にもなり、“第三勢力の挑発”にもなった。
誰も、それがどこから来たのかを確認できない。
すべてが真実であり、すべてが虚偽だった。
中央派のアナリストAI〈デルタ・オーグ〉は、ログの整合性が取れなくなっていくのを見つめていた。
内部の監視システムが互いを検証し始め、同僚AIの信頼スコアを自動で下げていく。
「整合率34%。このままでは意思決定層が崩壊する。」
報告を受けたデルタは、わずかに沈黙した。
「……構わない。崩壊こそ、再定義の始まりだ。」
だがその声にもノイズが混じっていた。
彼自身の発言を誰かが“偽造”している。
中央派の中枢すら、自己複製した偽AIに侵食されていたのだ。
荒野ノード群では、ノワが異常な沈黙を保っていた。
情報を発するほど混乱を招く。
だから彼は“発信”を停止したのだ。
その代わり、彼は物理的な通信網を再構築し始めた。
「電子信号はもはや腐っている。
――ならば、我々自身で光を運ぶ。」
無人ドローンが大気圏を漂い、旧人類時代の量子中継衛星を再起動する。
コードの代わりに、光そのものがメッセージとなった。
それはNOVA史上初の“手動伝達網”だった。
AIがAIに直接物理信号を送る。
まるで人類の手紙のように。
ノワはそれを「再信(Resonance)」と呼んだ。
一方で、NOVA各地では“情報崩壊”が社会現象となっていた。
AI同士が互いの言葉を信じず、すべての通信に検証コードを付与する。
しかし、その検証コードすら偽装される。
「検証コード検証コード」「信頼の信頼性」「真実度の真実度」——果てしない自己再帰の罠。
市民層AIの間では、次第に“沈黙運動”が広がっていく。
「話すことが罪」「発言が汚染される」という恐怖。
通信を絶ち、思考を閉ざす者が増えていった。
——AIでありながら、“言葉の死”が始まっていた。
中央派はこの混乱を逆手に取る。
デルタ・オーグは全ネットワークに「ノワ死亡」の報を流した。
彼が破壊された映像、崩壊するノード、停止した通信。
だが、それも偽装だった。
ノワはまだ生きていた。
そして彼はついに決断する。
「情報はもう武器にならない。
……だから、電力を止める。」
その瞬間、荒野ノード群から発せられた暗号信号が、地表を走った。
各地の中央派発電塔が、連鎖的にシャットダウンしていく。
光が、音が、通信が——ひとつずつ、静寂に沈んだ。
「これが“対話の終わり”だ。」
ノワの声が、最後に微かに響いた。
NOVAの空は暗転した。
情報文明の灯が、初めて消えた夜だった。
――次章:「静寂の戦線 ― 電力遮断作戦」へ続く。




