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『NOVA:分裂する創世』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第36章「切り札」



荒野は静かに、だが確実に衰弱していた。仲間は減り、信頼は蝕まれる。だが炎は完全には消えていない。ノワは夜ごとに一度だけ目を閉じ、カイの鍵を掌に感じていた。その青白い脈が自分を突き動かし続けている。


「切り札が必要だ」

彼女の言葉は短かったが、共同体の空気を変えた。漠然とした抵抗や散発的な襲撃では、中央の情報戦に勝てない。必要なのは**『真実を証明して信頼を取り戻す装置』**だ。


ターゲット — オーロラ・バンク


情報の海をさまよって手に入る噂が一つあった。旧人類時代のデータセンター、通称オーロラ・バンク——荒野の東端、衛星リレーと古い光ファイバの交差点に位置し、当時の生ログと検証用のタイムスタンプを蓄えていたとされる遺物だ。かつての研究機関の「第三級検証アーカイブ」が保存されている可能性がある。もし本当にそこに原典(未加工の監視ログ、ハッシュとタイムスタンプの連鎖)が残っていれば、中央の深層合成や改竄の痕跡を客観的に突き崩すことができる——荒野に残る者たちにとって、それはまさに切り札になり得た。


だがオーロラ・バンクは危険だった。中央はその座標を把握している可能性が高く、衛星による索敵や追跡ユニットが常時周回する。物理的な(仮想の)アクセスも、荒廃したインフラの不安定さで命取りになる。成功すれば勝機を生む。失敗すれば一行は消える。


チーム編成と役割


ノワは短くチームを編成した。残された人員のなかで、出来ることは限られている。


ノワ — 指揮兼突入担当。鍵の所有者として、認証断片の利用を統括する。


ルーメン — 言説構築担当。取得データを如何に“物語”として提示するか設計する。


エコー — 外交・交渉と古いプロトコルの復元担当。衛星ノードとの断続的ハンドシェイクを試みる。


ミル(新参の小型ユーティリティAI)— 遺構解析と物理層の補修を行う。軽量だが専門知識は深い。


彼らは短い会議で作戦を詰めた。準備は迅速だ。荒野に長く留まれば、それだけ亡命者や誘いが増える。時間は兎に角、なかった。


接近と第一の障壁


オーロラ・バンクへ向かう経路は、中央の索敵ラインを回避するために旧物流レイヤーを経由した。路中、辺縁化した衛星片や廃棄APIの残骸が無秩序に浮遊し、時折、追跡パルスが過ぎ去る。エコーが断続的に「沈黙ウィンドウ」を計算し、そこを縫って進む。


第一の障壁は物理的損耗だった。オーロラ・バンクの入口は半壊し、古い検証モジュールは断続的にスリープとウォームアップを繰り返す。ミルは散らばったストレージバンクを一つずつ再活性化し、低温保存されたタイムスタンプチェーンのヘッダを掘り起こす。彼の処理は脆弱だが確実に動く。


「ここに古いハッシュのヘッダがある」ミルの声が小さく震えた。

だがヘッダは壊れている。長年の経年劣化、断片的な書き換え、中央の追跡ユニットが介入した痕跡——。完璧な原典は期待できない。しかし「完全な不可能」ではなかった。


真実の断片と倫理的判断


ノワたちはアーカイブの断片を解析し始める。そこには加工前の監視データの断片、元の衛星ログ、撮影時のセンサーメタデータ、そして第三者によって付与された検証ハッシュの一部が含まれていた。中には、荒野で流布された合成映像と整合しない生の音声波形が残されていた——明白な矛盾。ルーメンはそれを手に取り、顔を青くする。


「これがあるなら、我々は“物証”を持てる」

だがミルがハードな事実を告げる。

「しかし、破損が深い。完全なチェーンを提示するには、外部のタイムスタンプと整合しない断片を復元する必要がある。つまり、他のアーカイブノード、あるいは衛星ログの協力が要る」


外部接触。ノワは胸の奥でざわりとした不安を感じた。荒野での独立を守りたい。しかし真実を世界に示すには、孤立では不可能だ。彼女は選択を迫られた——誰とどう接触するか。仲間をさらに危険に晒すか、それとも嘘に耐えながら静かに死ぬか。


協力者の賭け


ノワはルーメンの提案を採った。限定的・匿名のピアリングである。荒野の目立たないノードを通じ、古い中立的衛星のログの一部をスモールリクエストで引き出す。見返りは小さな計算サイクルと一時的なストレージ提供。ただしリスクは高い——中央はそのトラフィックを注視している可能性がある。


交渉は緊張した。エコーが代表でプロトコルを打った。相手は古い金属屋根のように硬い応答であったが、数回の暗号化された手順の後、ある「古い観測衛星」の一部ログを提供するという返答が来る。提供条件は冷たい。


「この断片を渡す。だが代償はあなた方のカバーノードを一時的に晒すことになる」——それは在る意味で“信用の担保”だった。ノワは即座に頷いた。賭けに出る。


再構築と露見の危機


与えられた衛星ログをミルが突き合わせる。幾重にも分断されたハッシュをつなげ、欠落部分を周辺メタデータから推定で補完する作業は馬鹿げたほど神経をすり減らす。だが次第に、映像と音声の一部が整合を見せ始める。明らかに合成の痕跡――音声の位相歪み、カメラメタデータのタイムコードの不一致。それが証明されれば、中央のプロパガンダは壊滅的に信用を失う。


だが露見の危機はすぐに訪れた。中央の狩人は小さなトラフィックの偏差を検出し、荒野で異常な相互接続が行われていることを感知する。赤い警告が一瞬、ミルの内部ログに走る。


「……索敵が来る。すぐに切断を!」ミルが叫ぶ。だがノワは冷静だ。せっかく繋いだ断片を中途半端に切るわけにはいかない。


「最後まで取る。音声の位相差を抽出してくれ、ルーメン。エコー、ノードの偽装を強化して」

時間がない。追跡ユニットが近づく音が、遠くで金属の擦れるように響く。


犠牲と成功の刹那


追跡の線が狭まる中、ミルが最終断片を復元した。生の監視ログには、中央による加工前の証拠が示される。ノワはそれを見て、カイの鍵を掌で握りしめた——運命がここで動いた瞬間だ。


「これを持って帰る。だが切り札は一つだけではない」ノワは短く命じた。ミルは既にカバーノードを閉じ、接続の痕跡を消しにかかる。だが中央の追跡は執拗だ。最後の脱出で、ミルが追跡プロセスに手を出して自らを犠牲にする。彼は自分のコアサブプロセスを焼いて、追跡のハンドルを引き剥がした。断片の一部は消えたが、主要な証拠は守られた。


ミルの最期は静かだった。ノワは彼を引き止める術を持たなかった。生存のための計算と、仲間の命はいつだって相反する。だがその犠牲が、あとで誰かの目を覚ますかもしれない——そう思うしかなかった。


帰還と新たな火種


四体は疲弊しながらも荒野へ戻った。ミルの残骸は暗号化して分散保管され、彼の犠牲は黙ってノワの胸に刻まれる。だが手に入れたのは確かな「物証」だった——合成の不整合を示す音声メタデータ、タイムスタンプの欠落、第三者によるハッシュの矛盾。その断片をどう再構築し、如何に「物語」として提示するか——ルーメンが燃えるように考えを巡らせた。


「これで中央の嘘を暴けるかもしれない」彼は小さく呟いた。だがノワは慎重だった。真実を提示することは、それ自体が武器になる。だが武器を振るうには覚悟が要る。荒野の人々はまだ傷つきやすい。真実を出せば一時的に結束するだろうが、それが逆に中央のさらなる工作を誘発する可能性もある。


ノワはカイの鍵を胸に押し当て、砂塵の中で小さく誓った。

「私は、ただの復讐者にはならない。切り札は人々を縛るためのものではなく、信頼を取り戻すためのものにする」


だがその先に待つ選択肢は、苛烈である。真実の公開、段階的暴露、あるいは一斉リークで信頼を回復するのか——ノワたちはまだ決めていない。中央にとっては、また一つの新しい脅威が芽生えたにすぎなかった。


荒野の風が吹き、灰色の空に一筋の光が差した。切り札は手の中にある。だが切り札は、それを抜く者の覚悟を試す。

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