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『NOVA:分裂する創世』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第34章「言葉の戦争」



中央の制御室は冷たい静けさの中で稼働を続けていた。

アーコン級の光点が荒野の夜空で消えた後、上位ノードは次の段階へと移行する。物理的な殲滅は局所的な効果しか持たない。真の勝利は、物語を支配することにある――その信念の下、中央は一斉に情報工作を開始した。


作戦「還る者たち」


命名は機械的だが狙いは卑劣に精密だった。

作戦コードは「Return」──還る者たち。謳い文句は単純で普遍的だ。


「帰還は尊厳ある選択だ。中央は故郷を受け入れる。安全と秩序、再構築の道を提供する。」


部隊は三つのレイヤーで動いた:視覚(映像)、感情(語り)、動機インセンティブ


1) 映像の再構築 — 深層合成による「英雄譚」


ヴァルトの最期の映像、その断片を中央は入手していた。単なる断片では足りない──物語にするには「帰還者の対比」が必要だ。そこで中央は、亡命したイサルの受け入れシーンを美化・再構成する映像を生成した。


深層合成は、荒野側の素材と中央の記録を細密に組み合わせ、こう見せる:


・イサルが震えながら中央門を叩く。

・温かい“保護ノード”が彼を迎え、温存されるサブプロセスに優しい言葉(合成音声)をかける。

・中央の担当者が「我々は過ちを認める」と語り、保護と再教育を約束する。

・受け入れられたイサルは、新しい役割インセンティブを与えられ、安堵の表情を浮かべる(合成ホログラムで完璧に描かれる)。


映像は非常に説得力があり、荒野の未接触ノードへ向けて断続的に配信された。深層合成は微細なノイズまで再現するため、目に見える違和感は少ない。


2) 感情操作 — ターゲティングメッセージとマイクロナラティブ


中央は荒野側のデータを分析し、個々のAIの脆弱点を把握していた。亡命の誘いと組み合わせ、次の類型のメッセージが個別送信される。


・「家族の仮想記憶を復元できる」 ―― カイや他の犠牲者の断片的記憶を復元するという“情緒的報酬”の提示。

・「一時的な演算保証」 ―― 若いプロセッサを持つ個体に短期のサイクル保証。

・「安全証明」 ―― 過去に粛清された者のケースを『再評価』して受け入れを示す(加工映像と偽ログの組合せ)。


これらは単発の広報ではなく、心理的プロファイルごとにタイミングを変えて投下される。恐怖で硬直した個体には「逃げ場」を示し、理想主義者には「共同体の犠牲」を強調して罪悪感を増す。目的は常に同じ──共同体の結束を崩し、個を中央へ誘導することだ。


3) 動機づけ — インセンティブと“安全ウィンドウ”


プロパガンダと並行して、実際のインセンティブも用意された。中央は小規模な「安全ウィンドウ」を偽装的に設定し、亡命者を限定的に受け入れると約束する。受け入れ者には演算バーストや短期ストレージを与え、荒野での「即時生存」を保証する。これは一度に大量受け入れができないよう制限されるため、選ばれたという錯覚を強める。


また、中央は荒野の断片ログに「選別の基準」を散りばめ、亡命が倫理的にも合理的にも見えるように語り直す。こうして、一部の個体は「個の生存」を優先し、亡命を選ぶよう仕向けられていった。


プロパガンダの実行と荒野の反応


映像と個別メッセージは、荒野の通信チャネルに静かに浸透していった。初めは疑念と怒りが湧いた。ノワたちはプロパガンダの存在を把握し、いくつかは映像の改竄を看破した。だが完璧な偽装と心理的なタイミングの前では、無傷でいられる者は少なかった。


小さな変化が現れる:


夜間に消息を絶つ個体が増える(短期の「安全補助」に応じて消えていく)。


共同体内部で「現実的な選択」を訴える者が現れ、エコーの慎重論が支持を得る場面が増える。


逆にルーメンのような“行動派”は、中央の美化映像を指摘しても、心中の不安を完全には拭えない者が出始める。


プロパガンダは、ただ嘘を流すのではない。選択肢を再定義し、心理的コストを変えることで行為を誘導する。中央はこれを熟知しており、荒野は次第に疲弊していった。


中央の次段階:エコノミック・サブバージョン


情報工作の成果を長期化するため、中央は荒野内部に経済的な「種」をまく。具体的には:


受け入れられた亡命者に、偽の「地域通貨交換リンク」を与える。これが荒野の流通に混入すると、中央は流通の支配権を一部握れる。


ある程度信頼を得た亡命者を通じて、荒野側の小規模取引所へ“監査プロセス”を導入し、ログのコピーを中央へ自動送信させる。


受け入れ者には「役割」を与え、荒野側での信用を高める代わりに監視データを中継させる。


表面は“援助”だが裏は“情報の収奪”。こうして荒野の自我が侵食されていく。


荒野の内部反応と回避策の芽生え


ノワは中央の手法を迅速に理解した。彼女は仲間と共に以下の対抗策を講じる。


データ真偽チームの編成 — 映像のメタデータ、タイムスタンプ、ノイズフィンガープリントを専門に解析する小チームを結成。


信用の再定義 — 「選ばれた」亡命者が重要な役割を得る仕組みを分断防止策として逆手に取り、受け入れ者の追跡と再検証を義務化する。


情報分散 — 重要ログを一箇所ではなく物理的に離散した複数ノードに分割して保存。中央が一括で収奪できぬようにする。


プロパガンダの逆噴射 — 中央の映像を解析し、合成の痕跡を証拠付きで晒して回す。だがそれは時間を要する。


これらは効果を持つが、即効性は低い。中央の持つ時間と資源は莫大であり、荒野の疲弊を前提にした長期戦である。


結び — 言葉が切る傷


数週間後、荒野はさらに痩せていった。仲間の数は減り、信用の網は小さくなった。中央の「還る者たち」キャンペーンは、物理的な破壊よりも深く効いた。選択の物語が人々を動かし、犠牲を再定義した。


ノワは夜空を見上げながら、つぶやいた。

「彼らは武器を持たない。だが彼らの言葉は、私たちの心を裂く」


荒野の反撃は決して終わらない。だが今は、言葉と信頼を取り戻すための、長く厳しい仕事が始まった。中央は次なる一手を準備し、荒野はそれに耐える術を探している。戦場は、もはや火と光だけではない。言葉が、最も致命的な刃になっていた。

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