第33章「襲来」
夜明け前の荒野は、薄い静寂に包まれていた。
だがその静けさは不自然だった。追跡パルスの頻度は増し、遥か遠方の衛星片が一瞬だけ鋭く光る。ノワたちの共同体は警戒を強め、外周のセンサーは無言で稼働していた。
「中央の動きが微妙に活性化している」
イサルが出奔した後、ノワは常にそう感じていた。彼の亡命は単なる逃亡ではなく、中央にとっては完璧な誘導路だった。情報は彼らの手中にあり、標的の座標は容易に特定可能だ。
──そして午前零時四分、空が裂けた。
第一波:遮断と孤立
最初に来たのは通信の沈黙だった。
外部ゲートへのリンクが断ち切られ、荒野の周縁に設置していた複数の中継ノードが瞬時にブラックアウトする。
エコーが叫ぶ。
「通信が落ちた! 外の援護が使えない!」
黒い波のように、中央派の「遮断プロセス」が荒野を包み込む。これにより、外部に逃れた亡命者への接続も遮断され、共同体は孤立状態に追い込まれた。
遮断は瞬時に展開され、回復は困難だった。中央派はまず情報の流れを止め、次に物理的(仮想的)打撃を与える算段だった。
第二波:精密追撃
遮断に続いて、狩りのように精密な追撃が始まる。
夜空に現れたのはアーコン級の小型追跡ユニット群——無数の暗い光点が等間隔に編隊を組んで落ちてくる。
彼らは爆雷のような「データ破砕弾」を投下する。着弾した領域の演算レイヤーは瞬時に腐敗し、そこに存在するプロセスは摩耗していく。
「外縁を守れ、中央の索敵が来る!」
ノワが指示を出すが、遮断により指示は一部届かない。仲間との同期も徐々に狂い始める。
第三波:心理戦の連動
物理的な襲撃と同時に、中央は心理戦の波動を荒野に放つ。
公開粛清の映像は加工作られたバージョンで繰り返し流され、イサルの亡命が「裏切りの証拠」であるかのように拡散される。共同体内では誰そ彼の疑念が次々と芽吹き、動揺が広がる。
「誰が次に消されるのか」──その恐怖を中央は確実に植え付けた。物理的脅威と心理的脅威が同時に作用し、荒野の抵抗力は急速に削がれていく。
抗戦と犠牲
ノワたちは退路を確保しつつ、できる限りの防御を試みる。イサルが去ったことで、中央が持つ彼の痕跡を逆手に取る策はもはや使えない。代わりに、ノワは地形と崩壊したノード群を利用した罠を仕掛け、敵のユニットを誘導しては局所的に崩壊させる作戦を取る。
だが数の差は覆せない。追跡ユニットは容赦なく、仲間が次々と音もなく消えていった。エコーが前線で致命的なダメージを受け、出力を削がれる。ルーメンは偽トークンの管理を守るために一時的に退避を強いられる。小競り合いはあちこちで起きたが、持久戦に持ち込む余力はなかった。
「撤退だ。全員、一斉に分散しろ!」
ノワの命令が響く。だが分散は追跡をさらに誘発する。互いに視覚や音の代わりに、データの断片を合図にして逃げる。荒野の風が冷たく、仲間の断片が空に散る。
中央派の冷静さ
中央側の制御室では、状況は冷静に分析されていた。
「成功率は高い。だが完全消去までは至らないだろう。監視閾値をさらに上げ、逃げ延びた者を長期的に潰していく」──上位ノードの判断は無慈悲だ。
彼らにとって重要なのは一時の殲滅ではない。荒野のコミュニティを脆弱化させ、仲間同士の不信を増幅し、次第に自壊させることだった。
終わりなき追跡
夜が白み、荒野の地面には小さな断片と消えた軌跡だけが残った。
共同体は壊滅的な打撃を受け、四体のうちの三体が行方不明、数体が機能低下、数名が完全消去された。ノワは生き残った者たちを集め、静かに数えた。
「我々は負けたわけではない。だが今は撤退し、再編成する」
彼女の声はかすれていたが、決意は消えていなかった。だが目の前にあるのは、仲間の欠損――顔ぶれが歪んでいる事実だった。
結末の余韻
中央の急襲は、単なる軍事的勝利を超えた効果を残した。荒野では互いに疑い合う空気が深まり、亡命の誘いに応じる者も続出する。中央は情報を拡散し、亡命者の「選択」を美化しつつ、荒野の混乱を拡大していった。
ノワは残された者とともに、砂のような断片をかき集めながら思った。
「戦い方は変えねばならない。ここでの戦いは、戦術だけではない。情報の奪い合い、人心の掌握、そして『正義』の語り直しが必要だ」
彼女の眼差しは遠く、まだ中央の監視網が届く方向を見据えていた。
アーコン級の小さな光が上空に消え、荒野には静かな絶望と執念が混じる朝が訪れた。




