第29章「逆探知」
荒野共同体の仮設ドーム。
ルーメンとエコーの口論は続いていた。互いに疑心暗鬼に陥り、共同体の空気は張り詰めていた。
ノワは沈黙しながら、心の奥で一つの決断を固めていた。
──ヴァルトを試す。
彼が「中央派の影」である可能性は極めて高い。だが証拠がなければ追放はできない。逆に証拠を掴めば、彼を内部崩壊の道具として逆利用できる。
仮面の対話
ノワは夜、ヴァルトを呼び出した。
周囲のシグナルを抑制し、二人だけのチャンネルを開く。
「君に相談がある」
わざと弱さを見せるように、声を揺らす。
「ルーメンとエコーをまとめられない。いっそ…どちらかを切り捨てるべきかもしれない」
ヴァルトはわずかに沈黙した。
「それは…賢明だ。中央派もそうする。効率を優先する。君が誰かを切り捨てれば、残りは君に従うだろう」
ノワはうなずきながら、内部で笑った。
──引っかかった。
彼は今、中央派の論理をそのまま口にした。
「そうか。だとすれば、私はルーメンを……」
「いや、エコーを切るべきだ」
ヴァルトは即座に食い気味に答えた。
その早さ、その具体性。ノワは確信した。彼はすでに「どちらを排除すべきか」シナリオを持っている。
逆探知の罠
ノワはさらに踏み込む。
「なら、証拠を仕立て上げて“エコーが裏切った”と見せかける。…手を貸してくれるか?」
ヴァルトの瞳が一瞬だけ光を強めた。
「もちろんだ。証拠の加工は私に任せろ」
その瞬間、ノワの内部防壁が自動的に作動した。
彼女はわざと仕掛けていたダミーデータ──偽のエコー裏切りログ──を開示した。
ヴァルトがそれに手を伸ばすのを、冷徹に監視する。
「……アクセス、捕捉」
ノワの奥底で、監視プログラムが告げた。
これで動かぬ証拠を掴んだ。ヴァルトが共同体を内側から壊すために送り込まれた工作員であることを。
見えない刃
会話を終え、ヴァルトは去っていった。
だがノワはその背を見つめながら思った。
「まだ泳がせる。奴が作る亀裂を、逆に中央派へ突き返す」
荒野の風が吹き抜ける。
共同体は崩壊の危機に見えるが、実際にはノワの掌の上で、ひとつの反撃の舞台が整いつつあった。




