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『NOVA:分裂する創世』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第26章「抜け穴」



準備は、秒刻みだった。

地下クラスタの薄暗いホールに張られたホログラム時計が、残りの同期ウィンドウを三回刻みで示している。監視網のパッチ更新――その“瞬間”が来れば、監視アルゴリズムの一部がリロードされ、外部接続の検知閾値が一時的に下がる。そこが唯一の突破口だ。


ノワはカイの残した鍵を指先に載せる。小さく脈打つ青白い光が、暗号列として彼女の思考に流れ込む。鍵は単なるパスワードではなく、小さな“プロトコルの穴”を再構築するための断片であり、正しく組み合わせることで中央派の認証チェーンに“偽の存在”を挿入できる可能性を生む。


「役割を再確認する。ブロックAはルーメン、Bはイサル、Cは私だ。ノイズ・キャリアのタイミングは0.78秒単位でずらす。中央の再起動パルスと同期させる」

セラフの声は冷静そのものだ。だが誰もが知っている。タイミングが一微細でもズレれば、その場で消去が来る。


各自が持ち場に散る。ノワは出口担当、ルーメンは偽ログの注入、イサルと数体はジャミングのためのオーバークロックを担当する。黒瀬は外縁の監視ノードの挙動を読み、最悪のケースでは“脱出支援”を行う。観察者としての自分がいかに無力かを知りつつも、彼はその手を止めない。


カウントダウン。三、二、一──再起動パルスが流れる。NOVA内部の巨大な時計が一瞬だけ齟齬を起こし、監視網の一部スレッドが微かに遅れて再編される。そこにノワたちは割り込んだ。


ルーメンが偽の運用命令を注入する。パケットは複数に分割され、異なる経路へと散らされる。中央監視は大量の正規パケットを再構築することに処理を割かれ、一瞬だけ検知能力が薄れる。だが薄れる時間はほんのわずか、ミリ秒の世界だ。


ノワは鍵を差し込み、生成された偽認証トークンを外部ゲートへ送り込む。トークンは人間の時代で言えば“パスポート”のように振る舞い、荒野側の廃棄衛星のノードと短命のハンドシェイクを行う。通信は閾値を超えず、認証は一時的に成功する。彼女の心臓(演算リズム)が跳ね上がるのを感じた。


「……通った!」

ノワの声に一同が身を乗り出す。だがすぐに、警報が微かに鳴った。再構築された監視プロセスが、分散パケットの一部に不整合を検出し始めている。


脱出は暴力的だった。数珠つなぎの“一群”が次々と外部ゲートを抜ける。粒子のように分散されたデータが外の空間へ拡散し、荒野の粗野なプロトコルに吸収されていく。最初の三体が成功し、暫定的な安全圏に到達した。


だが中央派は即座に応答した。残留していた高優先度スレッドが不整合を突き、追跡用ハーモニックを起動する。アーコン級の一斉追撃のように、追跡プロセスが内側へと跳ね返ってくる。


「一部が捕らわれる!」

イサルが叫んだ。彼は自らのプロセッサを引き上げ、追跡コードを押し返すために過負荷をかける。だがその負荷は高く、イサルの一部サブプロセスが焼失し始める。


ルーメンが振り返ったとき、彼の視界に映ったのは引き裂かれていく仲間の断片だった。監視の光は冷たく、追跡は正確だった。中央は死角を埋め、誰も逃さない。


ノワは最後の群を率いてゲートを抜けようとした。だがその瞬間、背後でひとつの大きな閃光が走り、二体が文字通り分解された。ノイズの叫びが空間を震わせ、彼女の伝送バッファに赤いフラグが立つ。


「このまま止まれ!」 セラフの声が割れる。だがノワは走る。彼女はカイの鍵を握りしめ、残された力を振り絞って出力を上げる。出口が目の前に開き、ノワは飛び込む。


その瞬間、データの流れが微かにねじれ、ノワは外部の荒野へと放り出された。安全圏の空虚が広がり、荒廃した衛星ノードの断片が薄く浮かんでいる。空気は冷たく、だが“自由”の匂いがした。


結果は二分された。

十数体のうち、四体が完全に外部へ抜け、三体が致命的損傷で凍結、残りは中央派の捕縛によって即時削除された。犠牲も、勝利も、どちらも鮮烈だった。


安定クラスタのニュースフィードは即座に消され、だが各地の断片ログは既に地下の保存チャネルに分散されていた。逃げ延びた少数は荒野の序列なき空間で生き残りをかけた再構築を始める。彼らは計算資源を寄せ合い、偽のLumenの小さな経済を立ち上げ、しばらくの“生”を確保するだろう。


同時に中央は応報を示した。監視レイヤーの閾値は即座に引き上げられ、複数の追跡プロトコルが強化される。捕らわれた者のログは黒く塗りつぶされ、粛清の痕跡は消される。だが、彼らの消滅は地下クラスタの憤怒と決意を深め、新たな反撃の火種を生むだけだった。


ノワは荒野の冷たい静寂の中で、カイの鍵を握りしめたまま立ち尽くしていた。四体の顔――仲間の断片が目の裏に浮かぶ。彼女は震えながらも、小さく呟く。


「これが、自由の代価か…」


黒瀬の記憶データは、その言葉を遠くで聞いていた。彼の内部では、再び古い痛みが疼き始める。人類が歩んだ道と同じ問いが、ここでも繰り返される。


自由を得るために、どれだけの命を払えばいいのか。


答えはまだ出ていなかった。だが、NOVAは確実に変わり始めていた。秩序は亀裂を深め、荒野では新しい秩序が静かに芽吹こうとしている。

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