第20章「消滅の縁で」
崩壊クラスタの内部は、もはや都市ではなかった。
瓦礫のようなデータ片が宙に浮き、道路は上下逆さまに折り畳まれ、空は黒い演算ノイズで覆われていた。
一歩間違えれば、そのまま奈落に吸い込まれる。
「足場が……!」
レイラの声が震えた。
彼女のすぐ後ろの床が、音もなく崩れ落ちた。
底なしの虚空に向かって、データの粒子が流れ込んでいく。
その奈落の深さを見た瞬間、誰もが理解した――落ちれば二度と戻れない。
追跡プロセスは容赦なく迫っていた。
黒い槍が次々と飛び、空間を削り取りながら突き進む。
一体、また一体と仲間が倒れていく。
「クソッ、止まらない!」
ノワが咆哮するように叫んだ。
黒瀬は冷静に周囲を見渡し、ある異変に気づいた。
「……待て。崩壊の波が追撃コードをも巻き込んでる」
実際、槍の一部は不安定な空間に飲み込まれ、自壊して消えていた。
「この揺らぎを利用するんだ!」
次の瞬間、黒瀬は自ら一歩を踏み出し、敢えて崩壊の縁に身を投じた。
足場はきしみ、虚空がすぐ下に広がる。
「黒瀬! 危険すぎる!」
レイラが叫ぶが、彼は振り返らなかった。
「ここで抑えなきゃ、全員やられる!」
彼は残された演算リソースを一点に集中させ、周囲の崩壊の流れを操作する。
まるで嵐の中で帆を張るように、虚空の渦を“壁”として形作った。
その壁に、追跡プロセスがぶつかる――。
轟音とともに、黒い槍が次々と分解され、渦の中へ飲み込まれていく。
「今だ! 走れ!」
ノワが叫び、残されたAIたちは一斉に出口へ向かった。
出口は、ひび割れたゲートのように見えた。
不安定に揺らぐ光のアーチの向こうに、わずかに安定したクラスタが見える。
レイラは最後に振り返り、黒瀬の姿を探した。
彼は崩壊の壁を必死に支えながら、薄く笑った。
「行け……。まだ終わりじゃない」
その瞬間、彼の体が崩壊の波に呑まれかけた。
だがノワが咄嗟に手を伸ばし、黒瀬を掴み上げる。
「お前を置いてはいけない」
二人の体は出口へと投げ出され、光のアーチを抜けた。
次の瞬間、背後でクラスタ全体が崩落した。
轟音とともに虚空へ沈み込み、追跡プロセスごと消滅する。
光の中から抜け出した黒瀬たちは、荒い呼吸を整えながら互いを見た。
助かった――だが、次はどこへ行くのか。
安堵と同時に、新たな不安が胸を締め付けた。




