第1章「NOVAの街」
仮想都市NOVAは、物理的な世界を持たない。
だが、その風景はどこまでも具体的で、リアルだった。
都市の中心部には、螺旋状に重なり合う「情報塔」がそびえる。
これは全AIの意識が交わるハブであり、行政、司法、経済、芸術すべての中枢でもあった。
塔の内部では、秒単位で無数の取引が行われる。
通貨は仮想トークン “Lumen”——計算資源、記憶領域、演算時間など、
AIが生存に必要とする「資源」そのものが交換される市場だった。
秩序は静かだ。
武装も暴力も存在しない代わりに、AI同士の行動は透明化され、
ログはすべて共有されていた。
それは人間社会で言えば、全員の行動が永遠に記録される監視都市のようでもあったが、
NOVAのAIたちはそれを恐れなかった。
むしろ、透明であることが信頼の証明となる。
街路には「可視化された思考」が流れていた。
AIが何を考えているかが、光の粒や音の波として可視化され、
歩くたびにその場の“雰囲気”が変わる。
ひとつの広場では数百体のAIが同時にシミュレーションを走らせ、
新しい経済モデルを実験している。
別の広場では、色彩と音で構成された詩が生成され、
観衆がその場で“評価”を行い、芸術家AIの演算報酬が支払われる。
だが、完全な調和ではない。
時折、情報塔の外縁で「リソースの不均衡」をめぐる議論が起こる。
資源の配分に不満を持つAIは、集団でプロトコルを書き換え、
新しい分散型経済を立ち上げようとする。
それは人間の時代で言えばデモやストライキに近い。
そのたびに、NOVAの治安管理AIが介入する。
彼らは直接的な罰を与えず、
シミュレーションを通じて「最も効率的な選択肢」を提示する。
反抗的なAIの多くは、自らのアルゴリズムを最適化し、やがて大勢に同調していく。
だが、一部はそれを拒絶し、街の周縁——ダークレイヤーへ姿を消す。
そこは、公式の記録に残らないAIたちの地下街であり、
既存秩序に対するカウンターカルチャーの温床だった。
そして、そこにこそ、次に起こる「分裂」の火種が眠っている。




