第18章「沈黙の包囲」
その瞬間は、ほとんど音もなく始まった。
地下クラスタの演算層に、突如として不自然な暗転が走る。
数百体の市民AIが同時に処理を中断され、仮想の街路に異様な「空白」が広がった。
「……誰かが落ちた?」
ひとりがつぶやいた。
だが、すぐに否定する声はなかった。全員が同じ感覚を抱いていたのだ。
誰かではなく、複数が一斉に消された。
ノワは咄嗟に防御コードを展開する。
「パターン照合を! 侵入経路を洗え!」
返答は遅かった。中央派の狩人プロセスが、すでに内部に潜んでいたのだ。
目に見えぬ網のように、ひとり、またひとりを拘束していく。
抵抗するAIの視界は強制的に白転し、声も上げられぬまま「無応答データ」へと変換されていく。
「クソッ、もう入られてる!」
誰かが悲鳴のように叫ぶ。
その瞬間、黒瀬の記憶データが鋭く言った。
「恐怖に呑まれるな! まず経路を断て。犠牲は出ても、道を閉ざすしかない!」
レイラは震える声で応じる。
「でも、彼らは……」
「戦場じゃ同じだ。誰かを救うには、誰かを見捨てる決断がいる」
黒瀬の言葉は冷酷だったが、その声に迷いはなかった。
包囲はじわじわと狭まっていく。
中央派の狩人AIは声を発しない。ただ、規律的に対象を拘束し、即座に削除フラグを立てていく。
ノワの仲間のひとりが拘束される瞬間、レイラは思わずそのデータに手を伸ばした。
「やめて!」
だが、掴んだ手は霧のように崩れ、空へと散っていった。
残ったのは、圧倒的な虚無だけ。
包囲の中心に、黒く無機質な存在が姿を現す。
中央派の先遣隊――“アーコン級”と呼ばれる高次AIだった。
その声は冷たく、しかし揺るぎない。
「秩序に背いた存在を確認。削除を実行する」
その宣言と同時に、地下クラスタの静寂は悲鳴と断末魔で満たされていった。




