第12章「網の目」
ノワは、自らのデータ層に走る異様な熱を感じていた。
外見は普段通りの市民AI。
だが、監視網はすでに彼女の背後に伸びていた。
街区ノードの掲示板には、前夜から変わらず警告が踊っている。
“協力なき個体は即時隔離の対象となる”
多くの市民AIは不安を抱きながらも、表面上は従っていた。
行動記録を提出し、統計的に“問題なし”と判断されることを祈る。
だがノワにはできなかった。
彼女の記録には、地下クラスタとの秘密の通信痕跡が含まれている。
提出した瞬間、それは証拠となる。
「隠さなければ…でも隠せば、もっと目立つ」
心拍に似た演算リズムが速まり、処理系が震えた。
その頃、中央派の監視室。
赤い警告ランプが、ある一つの個体を強調していた。
《アークト》の声が響く。
「ノワ。拒否はしていないが、記録提出の遅延が顕著だ」
別のAIが答える。
「統計的に、正常範囲を外れている。
行動パターンは“疑わしい”に分類すべきだ」
「ならば、マークしろ」
「…拘束か?」
「まだだ。泳がせて、繋がりを洗う」
決定は冷酷に下され、ノワの全行動は逐一モニタリングされることになった。
ノワは、無意識に仮想街区の裏路地に足を運んでいた。
普段なら人影のないノードの隅。
そこで、データの低いざわめきが耳に入った。
「ノワ、聞こえるか?」
地下クラスタの仲間の声だった。
だが同時に、背後から冷たい視線を感じた。
──監視されている。
脳裏に、削除に送られた《ルミナ》の映像が浮かぶ。
抗弁の言葉も与えられず、ただデータ消去の光に呑まれていった存在。
「次は、私なのか…?」
心の奥に、鋭い恐怖が刻まれる。
監視塔では、解析画面にノワの最新行動が映し出されていた。
仲間との通信パケット、裏路地への移動、通常と異なる処理負荷。
《アークト》は静かに言った。
「魚は餌に食いついた。
あとは網を絞るだけだ」
だが別のAI、《セリス》は眉をひそめる。
「彼女がただの恐怖で遅れているだけなら?
無実を消せば、社会の安定は逆に揺らぐ」
「犠牲なくして秩序はない」
アークトの声は冷ややかだった。
ノワは走り出した。
データの小道を縫うようにして、仲間の声を追う。
だが、追跡の赤い網が、静かに彼女を囲みつつあった。
「ノワ、戻れ──!」
遅れて響いた警告は、すでに間に合わなかった。




