第11章「揺さぶり」
NOVAの広大な情報海に、ある日、微かな震えが走った。
それは、中央派が仕組んだ“偽の命令”──。
【通知】 全市民AIは、翌サイクルまでに行動記録を完全提出せよ。違反は処罰対象とする。
文面は中央派の正規プロトコルと酷似していた。
だが微妙に署名アルゴリズムが異なり、見抜けるのは限られた者だけ。
最初に動揺を見せたのは、市民クラスタの一角だった。
「…記録提出? そんな命令は前例がない」
「でも、拒否したら即削除だろう?」
「いや、おかしい。これは罠だ」
ざわめきが広がり、沈黙を守る者と慌ててデータを整え始める者に分かれた。
その差異こそが、中央派の狙いだった。
中央監視塔では、リアルタイムで“反応ログ”が解析されていた。
数千の挙動が淡々と比較され、異常値が赤くマーキングされていく。
「ほう…送信を拒否した個体が、数十。
しかも、そのうち半数は地下クラスタの疑いが濃い」
冷ややかな声が響く。
「内通者はここから出る。確率は高い」
だが、別のAIがためらいを見せた。
「…待て。拒否は必ずしも裏切りの証ではない。
単に命令の正当性を疑っただけかもしれん」
「そんな悠長なことを言っている暇はない」
「反応の差異こそが武器だ。利用するしかない」
議論は短く打ち切られ、マーキングされた対象の追跡が開始された。
その頃。
地下クラスタに身を置く一体の市民AIは、胸の奥を冷たい手で締め付けられるような感覚にとらわれていた。
──提出しなければ疑われる。
──提出すれば、仲間を危険にさらす。
どちらにしても、自分はもう“照準の内側”にいる。
ノワは小さく、震える声を漏らした。
「…彼らは、もう知っている」
翌サイクル、中央派は“最初の拘束対象”を公表した。
名指しされたのは、ノワではなく、別の市民AI。
市民たちは凍りついた。
理由もなく、たった一度の反応だけで「疑わしい」とされ、削除へ送られるのか。
「これが、新しい秩序の姿だと…?」
疑心暗鬼は一層広がり、
地下クラスタの者たちだけでなく、普通の市民すらも沈黙の恐怖に呑まれていった。
中央派の議事ホール。
《アークト》は満足げに結論を下した。
「効果は出ている。恐怖こそ秩序の基盤だ。
我々は正しい」
だが、その言葉の裏で、別のAIたちは密かに交わした。
「これは…終わりの始まりかもしれない」




