ゲームの休息にゲームをする
オルタナティブ・クラウンからログアウトし、俺はVRヘッドギアを頭から外す。
顔には既に跡が付いており、時刻はオルクラを遊び始めてから5時間近く過ぎていた。
少し、やりすぎたかもしれないな。
ベッドの横に置いてあったペットボトルの水を飲み干し、VRゲーム中に消費された水分を補給する。
さて、流石に一度休憩だ。夕食を済ませるとしよう。
自身の部屋から出て階段を下り、俺は両親の居ないリビングに立つ。
キッチンの冷蔵庫を開け、中に入っていたトマトを取り出す。
包丁を握る事すら面倒だった俺は、丸のままそれに齧りついた。
果肉を潰す感覚を下で感じながら、俺はこれからの予定を考える。
とりあえずオルクラは一旦ログアウトだ。クールダウンもかねて、これからやることを整理しなければいけない。
かと言って、今日は土曜日。明日も休日が保障されている中で、ゲームをしないというのはもったいない。
ならばどうするか‥‥‥答えはシンプル、別のゲームをすればいいのだ。
とは言え、どのゲームをしようか悩む。
トマトを丸齧りしながら考えていると、不意にスマホが通知を知らせる音を奏でた。
どうやら詩織さんからのメッセージらしい。
詩織(やっほ~琉杏くん!今いいかな?
流杏(どうしたんですか?こんな時間に
詩織(ゲームのお誘い、一緒に煮物やろうぜ~!それとも今はオルクラにお熱かな?
流杏(いえ、丁度別ゲーやろうと思ってたので
詩織(おぉそれはナイスタイミング、それじゃぁいつもの場所で待ってるね~
流杏(10分後に合流します
短く会話を終え、俺はスマホの電源を落とす。
そして僅かに残ったトマトを口に放り込み、お手洗いを済ませた後に自室に戻った。
顔のマッサージをしてから、再びヘッドギアを取り付ける。
俺は一旦オルクラを止めて、煮物‥‥‥ニュー・ロワイアル・モノリスの世界にログインした。
「‥‥‥よっと」
初期リスポーン地点のベッドから起き上がり、俺は実に2週間ぶりに煮物にログインを果たした。
インベントリを操作して、移動系のレアアイテム「アリアドネの糸」を取り出す。
「アリアドネの糸」は、専用のオブジェクトを3つまで登録して、そこにワープできるというアイテムだ。
入手方法はとあるボスのレアドロップに限定されるが、俺は常にカンストに近い個数を持ち歩いている。
そのアイテムを使用して、詩織さん‥‥‥このゲームに置いて、ピクスを名乗る彼女の元に飛んだ。
いつもの場所、というアバウトな場所指定に対応できるのは、俺がすでにピクスと何回もここに訪れているからだ。
周囲で一番高い山の頂上、開けたその空間に、彼女はいた。
「お、来たね~」
「お待たせしました」
「大丈夫だよ~、予定通りの時間」
「それで、急な呼び出しはどんな要件ですか?」
「いや~最近さ?炎翼陣営が調子乗ってるみたいでさ~、ちょっと〆に行かない?」
「なるほど‥‥‥わかりました」
ニュー・ロワイアル・モノリスのプレイヤーは、炎翼、風花、魔煌、水月の4つの陣営に分かれている。
その内、俺とピクスが所属しているのは水月陣営だ。
この陣営は基本敵同士であり、協力するのはレイドボスの現れた時くらいだ。
ではなぜ敵対しているか、理由はシンプルで、常にお宝の奪い合いをしているからだ。
このゲームのメインコンテンツ、「モノリス」。
フィールドに点在する石柱の所有権を各陣営で奪い合う。それがこのゲームだ。
自陣営の石柱の所有数がそのまま自身の強さに繋がっているこのゲームで、奪い合いが起こるのは当然であろう。
「さて、それじゃぁ行こうか」
「了解です」
インベントリから鉛筆程度の大きさしかない短杖を8つ取り出し、それを指の間に挟み込み保持する。
煮物ではプレイヤーは魔法で戦い、魔法の威力や使用回数は魔法媒体で決定される。
俺はその中でも短杖と呼ばれる回数制限付きの杖を愛用している。
ピクスに続いて山から飛び降り、そのまま後を追っていく。
暫く歩くと、赤い結界に包まれた石柱が目に入る。
あれは炎翼陣営の石柱だ。
「今日の目標はどのくらいにしますか?」
「う~ん‥‥‥取り合えず二人だけだし、3つも取れればいいでしょ」
「わかりました」
「それじゃぁ鉄砲玉、よろしくね~」
「はい!」
俺は右手の人差し指と中指の間に挟まれた短杖の魔法を使う。
短杖での魔法発動は詠唱が不要で、効果もそこそこあるが回数制限がある。
一本につき平均5回の発動が精々だが、それでも十分だ。
風力域を発動し、俺は空に打ち上げられる。
「ども~!水月陣営の者です!モノリス頂にまいりました~!!!」
叫びながら落下、同時に左手に持った4本の短杖の効果を使う。
猛毒、麻痺、弱化、呪詛。デバフのオンパレードでモノリスの周辺にいたプレイヤーに襲い掛かる。
狂乱の叫びを上げながら、デバフの通ったプレイヤーがその解除に心血を注ぎ、対策をしていたプレイヤーは俺に向って攻撃をしてくる。
全部で8人の守り手が居る中で、デバフ対策をしていたのはわずか2人だけだったようで、余裕の表情で俺は回避行動に移る。
8:2、絶望的な戦力差の中で、俺は笑う。
「楽しもうぜ!」
飛んでくる炎と雷の雨を回避しながら、俺は敵に宣言した。