勇猛と蛮勇は全く違う
「だぁ‥‥‥」
朝、全身にまとわりついた眠気を振り払うように起き上がる。
場所は恐らくログハウスの中であろう。
結局、レベル差17の相手に勝つことはできなかった。
いやまぁ、当然と言えば当然だ。
むしろよく粘れた方だと思う。
情報は宝だ。その宝を持ち帰れただけでもいいとしよう。
蜘蛛の足はそれぞれ部位判定があり、攻撃を続けることで破壊可能。
糸攻撃は今のところ3種類あることがわかったが、そのすべてでモーションが若干異なっていた。
糸が射出されるときに、少しだけ出てくる針のような部位の本数で判断が可能だ。
巣も、あからさまに太い糸は粘着力が無く、切断が可能だった。
一本の時は拘束用の太い糸。二本の時は蜘蛛が移動する細糸。
そして三本の時は、一番厄介な広範囲攻撃だ。俺の死因もそれだ。
いや、ハイレベルとは言え一定範囲を細切れにするとか流石に無法だろ。
まぁいい、それだけ情報を集めることができたんだ。
「しっかし、リソースもほとんどなくなっちまったなぁ」
屑鉄の双剣、一本は全壊し、もう一本も破壊される寸前だ。
ロッド族の蔓紐も残り2つという、手持ちらしい手持ちも無くなってしまった。
そんな風に色々と確認をしていると、ログハウスの扉が開かれる。
そこには褐色肌で、ボロをまとった、そして尖った耳を持った少女が入ってきた。
「あ、起きたんですか?」
「‥‥‥おはようございます」
「全く、黒蜘蛛に挑むなんて蛮勇が過ぎます、私がたまたま通りかからなかったら、あのまま死んでたんですからね?」
「それは‥‥‥そうですね」
「あ、そういえば名前を言ってませんでしたね。私はロミナです」
「ご丁寧にどうも、ルアンです」
これは、一体どういう状況だ?
黒蜘蛛に負けて死んで、目覚めたのはログハウス。
そして話しかけてきている子‥‥‥ロミナさんは恐らくNPCだ。
つまりこれがリスポーンの演出、という事か?
その前提で考えておこう。
「すみません、ここってどこなんですかね?」
「ここは影森人族の集落だよ」
「‥‥‥なるほど」
聞きたかった答えと絶妙に違う返答を聞いて、しかしこれ以外に聞けることも無く。
俺は疑問をすべて飲み込んで、藁と葉っぱで作られたベッドから立ち上がる。
「取りあえず、お世話になりました」
「どういたしまして、もうあんな無茶はするんじゃないぞ」
「肝に銘じておきます。ところで、ここは集落とのことでしたが、鍛冶を行える人はいますか?」
「鍛冶?なんでだ?」
「見ての通り、武器が壊れてしまって」
「あぁ、確かにそんなもので森から抜けるのは無理だろうな。少し待っていろ」
俺の意図を察して、ロミナさんはログハウスから出ていく。
さて‥‥‥これからどうするか。
とりあえず当面の目標はジャイアント・スパイダーにリベンジすることだ。
負け寝入りなんてことは嫌だし、しかしそのための力が足りないのも事実。
まずは武器の調達が急務だな。
そんな事を考えていると、ロミナさんが戻ってくる。
「待たせたな、話しをつけてきたぞ、ついてこい」
「ありがとうございます」
ロミナさんに続いてログハウスを出る。
というかここ、俺が最初に見たログハウスの集落とは異なるな。
あそこはもっと人口感が強かったが、このダークエルフの集落は自然感が強い。
つまりここは初期リスではない?よくわからないな。
ロミナさんの後に続きながら、色々と考えてみる。
「ついたぞ、ここがこの集落唯一の鍛冶屋、ロトゴ爺の家だ」
「ありがとうございます」
「お礼は良い」
連れてこられた場所は、集落の一番端にあるこじんまりした家だ。
ここが鍛冶をする場所なのか?火を扱うには適さない木造建築を見ながらそんな事を思う。
まぁ、ここの世界感設定はファンタジー極振り。燃えない木が合ってもなんら不思議ではない。
ロミナさんに連れられロトゴ爺さんの家に入る。
「おぉロミナ、どうしたこんな昼間に」
「旅人が武器を求めているんだ」
「旅人?例の黒蜘蛛に挑んでいたって言う?」
「そうだ、黒蜘蛛に武器を砕かれたらしくてな。新しい物を求めている」
「かかかッ!黒蜘蛛に挑んで武器を砕かれるだけで済んだか!運のいいやつだな!」
笑いながらロトゴ爺さんは俺を見る。
上から下まで嘗め回す様に見た後、俺の手を掴んで手のひらをじっくり見る。
「ふむ、双剣使いか?」
「一応メインはそうですね」
「そうか、少し待て」
ロトゴ爺は家の奥に向い、そして短剣を二本持ってくる。
「ほれ、これならいいだろう」
「これは‥‥‥?」
「樹霊の短剣だ」
〈樹霊の短剣〉
・攻撃力+15
意志を持った樹木の最も固い部分を加工し作られた短剣
微弱な毒を帯びている。
中々の性能だ。
「ありがとうございます」
「おぉい待て待て、流石にただじゃぁねぇぞ」
「いくらですかね?」
「そうさなぁ‥‥‥わし等は人間の使う通貨は使わん。じゃからぶつぶつ交換と行こう」
「分かりました」
とは言え、今差し出せるものは殆どない。
壊れかけの双剣(一本)、ロッド族の蔓紐二つ、後は初期装備の皮鎧一式に、同じく初期装備のアクセサリーだ。
そのすべてを一旦、テーブルに置かせてもらう。
「今差し出せるのはこれで全部です」
「流石にこれは貰いすぎってもんだ、わしらは追剥じゃねぇ。そうさなぁ‥‥‥これと、これだけ貰っとく」
ロトゴ爺さんはロッド族の蔓紐とアクセサリーを取って、俺に樹霊の短剣を二本渡してきた。
「さて、若いの。もう二度と、黒蜘蛛になんて挑むんじゃねぇぞ?」
「はい」
「ほんとに分かってんのかぁ?」
「その恐ろしさは身に染みてます」
「‥‥‥そうかい、まぁ無茶せんようにな」
「話は終わったか?」
「あぁロミナ、旅人さんを連れて行ってやりな」
「あぁ、そのつもりだ」
「なにからなにまでありがとうございます」
「良いって事よ。さぁ行った行った」
妙に親切なダークエルフの二人に連れられて、俺は集落を後にした。
しかし何というか、NPCだからと思えば違和感はないが、妙に親切だったな‥‥‥。