逃げるは楽だが、楽しくない
目の前にいるのは黒い大きな蜘蛛としか形容できないモンスター。
多くの木々に巣を張り巡らせ、ここは自分の縄張りだと主張しているのが嫌でもわかる。
今は眠っているのか、木の上から降りてこないが‥‥‥気づかれれば終わりだな。
「レベル差は17か‥‥‥勝てるか?」
双剣を構えながらそんな事を考える。
相手のモーションも不明、一撃でも掠ればそれだけで死にかねない戦力差。
フィールドで見ても、相手の方がよほど有利だ。
正直、挑むべきではない‥‥‥が、それでも。
「折角なら、当たってみるか!「投擲」!!」
右の剣を振り上げ、スキル補正を含めてそこそこ離れた距離から短剣を投げる。
無事に狙い通り、〈ジャイアント・スパイダー〉の頭部に短剣が当たる。
声にならない悲鳴を上げながら、ジャイアント・スパイダーが目覚める。
不意打ち成功だ。
「さぁ、こいや!」
左の短剣を構え、挑発するように言うと、俺の意志を汲み取ったのかジャイアント・スパイダーがお尻を向けて来る。
蜘蛛の攻撃方法、それで一番可能性が高いのはやはり糸だ。
俺の推測通り、ジャイアント・スパイダーは蜘蛛糸を射出して来る。
太く、速度も遅いその糸を軽々回避する。
「そんな攻撃当たるかよ!」
インベントリからロッド族の蔓紐を取り出し、ジャイアント・スパイダーの巣が張られている木に投擲する。
検証の結果わかったのだが、ロッド族の蔓紐は樹木以外に巻き付かないらしく、石や土、モンスターには巻き付くことは無かった。
もし巻き付いたら拘束具としても使えたのだが‥‥‥まぁ、いいだろう。移動アイテムとして十分有用だし。
下手に巣に絡めとられると面倒なので――というかそのまま即死しかねないので――かなり大周りでの移動だ。
「「スライド・ステップ」」
落下しながら、自身のアバターの座標を横にズラすスキルを使い、ジャイアント・スパイダーの頭部に軌道を変更する。
そして未だジャイアント・スパイダーの頭に突き刺さっている右の剣を掴み、スキルを叫ぶ。
「「ブレード・ピアッサー」!!!」
二本の剣を巨大な頭部に突き刺し、刺突攻撃に対して補正のかかるスキルを使う。
確かな手ごたえ、相手のHPを削る感触を感じながら、俺は蜘蛛の動きを注視する。
ここは完全に相手のテリトリー、流石に無警戒ではいられない。
俺の予想通り、ジャイアント・スパイダーは頭部を振って俺の事を払いのけ、巨大な槍のようにも思える前足で攻撃をしてくる。
回避をしようとしたが、しかし足に確かな違和感を感じる。
「っち!巣かよ!!」
俺の足は蜘蛛の巣にからめとられており、満足に動かすことができない。
スキルを使って避けることも考えたが、しかし「スライド・ステップ」は絶賛クールタイム中。
「バックステップ」で後方へ座標移動しても、眼前から迫る蜘蛛足を躱すことはできないだろう。
俺は仕方が無く、双剣で防御する。
「がっ!」
双剣がきしみ、衝撃に耐えきれず腕が上げられ、それでも勢いを殺しきれずにアバターが吹き飛ばされる。
巣から落とされ、地面にたたきつけられた衝撃でHPがゴリゴリと削られる。
残りは僅か2だ。
むしろここまで耐えきれた事が奇跡と言える。
俺が起き上がるころには、ジャイアント・スパイダーはすでに攻撃の姿勢を整えていた。
此方にお尻を向けて、糸を射出して来る。
先ほどの太く遅い物とは異なる、放射状に細い糸が素早く放たれる。
「「バック・ステップ」!」
直ぐにスキルを発動、後方に大きく飛びのき、糸を回避する。
先ほどまで俺が居た場所は細い糸に絡めとられ、土を抉って粉々にする。
随分えげつない攻撃だな‥‥‥。
流石にロッド族のように、単調な攻撃はしてきてくれないらしい。
さて、残りHPは2。かすり傷どころか攻撃の余波だけでも死んでしまうだろう。
どうせなら、勝ちたい。
手持ちのアイテムを見る。ロッド族の蔓紐が5本だけ。
双剣を見れば、モンスターに傷をつけた時と同様の赤い光を放っている。
決してバフ効果などではなく、“壊れかけ”を意味している。
このゲームに置いて、耐久値の減少は基本的に鍔迫り合いによっておこる。
武器を酷使しても耐久値は減らないが、“武器に対する攻撃”を受けた際に削られる。
つまり何が言いたいか。
屑鉄の双剣は壊れかけであり、これ以上鍔迫り合いや防御ができなくなったという事だ。
攻撃はすべて回避前提、その上でこいつに勝つには‥‥‥。
ステータスを開き、残っている30ポイントのステータスポイントをすべて振る。
〈─────────────────────
「ルアン」Lv.8
種族「鬼人族」攻撃力&機動力+10%
〈種族固有能力:武心魂〉取得経験値+10%
職業「近接役」
生命力:2/10 持久力:20
魔法力:0 魔威力:0
攻撃力:5(+20) 防御力:0(+20)
機動力:55(+5) 抗魔力:0
残りステータスポイント :0
スキル
「スピンナックルLv.1」
「投擲Lv.3」
「スライドステップLv.3」
「バックステップLv.3」
「フォール・スラッシュLv.2」
「ブレード・ピアッサーLv.5」
「ブースト・スキンLv.1」
「フェイント・ステップLv.1」
─────────────────────〉
ッ右の双剣をしまい、ロッド族の蔓紐を取り出す。
それをジャイアント・スパイダーが居座る木に向けて投擲する。
スキルに頼らない、プレイヤースキルによるものだ。
改めて、俺はジャイアント・スパイダーに向い挑戦を始めた。