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荒野の魔女 メリー・メリゲラスはこうして生まれた

作者: 葉色
掲載日:2025/12/13



 私は、シハラーク魔法大学を七年かけて退学した。

 あんなに頑張って勉強して入ったのに………

 過去の自分に謝罪する。申し訳ない。

 一生懸命働いて、高い学費出してくれたのに………

 父親に謝罪する。すまない。



「退学しよう」

 初めてそう思ったのは、大学に入って、三回目の冬を迎えた頃だった。なぜやめようと思ったか。私には魔力そのものはあったものの、それを魔法として外部に出力するための、エネルギーの出し入れのバランス感覚なるものが、絶望的に欠けていた。


 それなのに諦めきれず、ここまでずるずると、大学を辞める決断が出来なかったのは、ひとえに私の意思の力が弱かったからだろう。


 大学を辞めることすら、私はまともに出来ないのか。。。


 魔女になるには、まず魔法大学を卒業し、国内で魔法を使用する資格を得なければならなかった。



 もし無資格・無許可で魔法を使用した場合、それは《シハル・ウォッチ》によって、身柄を拘束される立派な口実になる。


 私は大学を卒業出来なかった。筆記は努力で何とかなったけど、実技は………どうにもならなかった。



 だから私は、もう母国の魔導帝国シハルでは、魔女にはなれない。


 だけど私は今更落ち込んでなんかいない。寧ろ逆だ。今はずっと悩まされていた問題から解消されて、スッキリしている。


 私はこの国を出て行く。

 行き先はもう決まっている。



 荒野だ。



 荒野なら、《シハル・ウォッチ》にとやかく言われることはないし、何より自然環境が豊かだから、私の魔力もここにいるときよりか、ずっと成果が出るかもしれない………。


 これは希望的観測だ。


 分かってる。帝都だろうが荒野だろうが出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない。


 だけど、私は荒野に行く。少なくとも帝都ではてんでダメだってことが分かったから。


 荒野でもダメなのかどうか………それを確かめに行く。





 すごく不愉快な夢を見て目が覚めた。コレ、荒野に向かう途中、野宿してる時も見るのだろうか。



 着替えをして、後ろ髪を束ね終わったぐらいで、丁度、玄関のドアを叩かれた。握り拳を作っているんだろう。鈍い音がして、私の嫌いな音だった。




 ドアを開くと、大学の近くで本屋をやっているコオロギ爺さんが立っていた。



 今日の午前中に、本の買い取りをお願いしていたのだ。



 その後ろには、お手伝いさんだろうか、若い男が一人、付き人みたいに立っていた。




 コオロギ爺さんは、すごいムカついてるって顔をしてた。



「朝早くから、ワシを家まで買い取りに来させおって」

 そう、顔に書いてた。




 けど、仕方ないじゃん。本屋さんに持って行けるような量じゃないんだもん。



 てか、コオロギ爺さんもそれぐらい分かってるでしょ。

 アンタの本屋でたくさん本買い込んでいたの、この私だよ?





 あんなに不機嫌そうだったコオロギ爺さんだけど、玄関の有り様に目を落とすと、すぐに、その表情は、驚きとショックにかわった。



 全部私のせいだけど、彼の変わりようを見るのはおかしかった。まあ、不機嫌ってことには、変わりないんだけど。




 靴箱の上には、昔授業で使ってたり、読んだりしてた魔法書や哲学書が天井まで高く積まれていた。





 靴箱に靴は一足も入れてなくて、代わりに本棚というか、とりあえず本を入れるスペースにしていた。



 靴箱の引き戸からは、本が溢れ出ていた。床のタイルが見えないほど、本が崩れた瓦屋根みたいにあちこちに散乱していた。




 私は散らばった本たちを見ながら「昨日、片付けが中途半端なまま寝ちゃって………少し、歩きづらいかもしれないけど」と二人に詫びた。



「少し………これのどこが少しなのじゃ」とコオロギ爺さん。

「まあ、そうだね………」

「とにかく、外にいては査定も出来ぬし」

「お邪魔してもよいかの」

「うん」

「なあ、足の踏み場が見当たらないぞ」

「本を踏んで来て」



 コオロギ爺さんは何かいいたげだったみたいだけど、散乱した本で出来たスベスベした段差を乗り越えるのに必死みたいで、それ以上何も言わなかった。






 六畳一間しかない部屋は暗かった。この部屋にある、たった一枚の窓のまえに高木が植えられており、日光の反射を遮っていた。

「ヒョードル、お前は外で待っていてくれ。一回家に戻って休んでいても良い。一時間ぐらいじゃ査定も済まんじゃろうから。ニ時間経ったら、戻って来てくれ。………トラックでな」

「フン、わざわざ朝早く来て、一度家に帰れってか」

「そうじゃよ」

「分かったよ」若い男はメリーを一瞥した後、メリーの視界から消えた。




「お爺さん、コーヒーでも飲む………」

「貰おうかの」

 メリーは、コーヒーを淹れている間、背後から、コオロギ爺さんの視線を感じた。



 本だらけの部屋に住んでいる娘にしては、メリーは小綺麗だった。



 メリーはブロンドの長髪を、前髪は中央で分けて、後ろをゴムで束ねてあった。髪の長さは、垂らせば広背筋の真ん中ぐらいまでありそうだった。碧眼で、鼻は小さかった。白のスウェットを着ていて、痩せていた。腰の曲がったコオロギ爺さんよりも背丈はあった。




 コオロギ爺さんは、メリーからコーヒーの入ったカップを受け取りながら、

「ちょっと余計なお世話かもしれんけどの」といった。

「なんだい」

「あんた、大学はもう卒業したんか?」

「ううん、辞めたよ」

「………そうじゃったか」

「うん」

「女の子で魔法大学ってことは、あれじゃの、治癒魔法を学んどったんか」

「学んでない」

「何を学んどったのか」

「大学ではずっと純粋魔法を学んでた。だから、治癒魔法の知識なんてこれっぽっちもないよ」

「これからどうするんじゃ?」




「荒野に行く」

「荒野………あんな何も無いところに行って何をするんじゃ」

「在野の研究者として、荒野で研究を始める」

「何の研究かの」

「………ある魔術」

「そうか………人生、いろいろじゃな」

「そうだね」




 メリーは、コオロギ爺さんが自分のことをどう思っているだろうか、考えた。人生を棒に振る気か、と思われていることだろうな。実際、そうだ。けど、自棄になっているわけではない。この決断は、私のなかでは最も合理的な、最もしっくり来る、自分らしい決断なんだ、とメリーは言い聞かせた。






「ご馳走様。さあ、査定じゃの」コオロギ爺さんがカップをメリーに渡しながらいった。





 三時間が経った。査定が終わった。コオロギ爺さんは買取金額を紙に書いて渡した。メリーは金額を見た。

「ねえ、お爺さん」

「なんじゃ」

「こんなに貰っていいの?」



 メリーは、自分が持っている本の価値や需要について、無知だった。他に本屋がいれば、コオロギ爺さんの提示した額の二倍は出したことだろう。




 しかし、メリーは金に無頓着だった。とりあえず、荒野に行くまでの旅費の足しになればいいやと思っていた。これだけのお金さえあれば、毎夜、安宿に泊まれて、野宿の回数も減らせるかもしれない、と思った。



 コオロギ爺さんは、

「ああ、お前さんを気に入ったからの」といった。

「そうなの………ありがと」

「そうか、ならウィンウィンじゃな」

「うん、助かるよ」

「これで荒野には行けそうか?」

 メリーは頷いた。




「ここにある本はすべて持っていっていいんじゃな?」

「うん、いいよ」

「じゃが、あんた、また場所を変えて、研究するんじゃろ?………本が必要にならんかの」

「この家に置いてある本はもう必要ないんだ」



 査定で疲れたコオロギ爺さんを家に残して、メリーは外で待っているヒョードルを呼びにいった。

 アパートの近くに2トントラックが停まっていたが、ヒョードルはいなかった。


 メリーは草地のほうへ行った。草地の上にひっくり返ったガマガエルみたいな大岩の上に、ヒョードルは両手を頭にのせて、眠っていた。

「終わったよ」

 それから、メリーはコオロギ爺さんから教えてもらった若者の名前を呼んだ。

「ヒョードル」

「………」

「お爺さんが、査定が終わったから来てくれって」

 ヒョードルは眼を開いた。それから首を横に向けてメリーのほうを見た。メリーは視線を逸らした。



「あの部屋………ホントにあんたの部屋か」

「ああ、そうだよ」

「あの本たち………全部読んだのか」

「読んだのもあるし、部分的にしか読めてないのもある」

 けど、今でも私の頭のなかに残っている文章は、あの本のなかには、もう一つもない、とメリーは心に呟いた。



「俺は魔力なんて持ってないが、それでも分かる」

「あの部屋からは忌々(いまいま)しいモノを感じる」

「フン、そうかい」


「どうして捨てる気になったんだ」

「さあね、なんで………だろうね」


 メリーには悔しい気持ちがあった。気づいたら、涙が頬を伝っていた。

「………そろそろ戻るか」

 いつのまにか、日が暮れなずんでいた。



 約1時間半ほどの運搬作業で、メリーの部屋から、本はすべて無くなった。運搬作業での、ヒョードルの仕事ぶりは、驚異的だった。

「昔は魔法が使えたからこんな作業、魔法使いを1時間雇えば、すぐ済んだのじゃがの………」とコオロギ爺さんが懐かしむようにいった。


 魔導帝国シハルでは、民間人が無断で魔法を使用することを禁じていた。魔法を使うためには、事前に有料での使用申請が必要だった。治癒魔法は、病院などの治療機関でしか、使用を許されていなかった。無断で治癒魔法を使った場合、《シハル・ウォッチ》によって、拘束され、厳罰に処された。


 《シハル・ウォッチ》会員によって、24時間体制で国中に張り巡らされている〈魔力の発現を監視する魔法〉は絶大で、この監視から逃れられる者はいなかった。



 《シハル・ウォッチ》は王侯を雇い主とした、直接雇用となるため、高給だった。魔法大学で優秀な成績を修めた学生は、《シハル・ウォッチ》に勧誘されて、引き抜かれていくことが多かった。


「魔法が進歩した結果、魔法が生活から消えるなんじゃ、皮肉なもんじゃよ………」

 と言い残して、コオロギ爺さんはヒョードルが運転する大型のトラックに乗って、街に帰っていった。



 翌日、メリーは大学へお世話になった教授の元へ、最後の挨拶に行った。


 その帰り、図書館から一冊の禁書を盗んだ。

 その一冊は、メリーがこの一年間、取り憑かれたように読み荒らした本だった。


 本の題名はこう書かれてた。


 オメガ・マロジャン著。

『異世界からの物体の召喚について』

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