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シュトレンの猫

作者: 小狐紺



 冬の足音が聞こえてきました。そろそろ街のパン屋が、シュトレンを焼く頃合いです。 

 

 今年の材料も選りすぐりです。

 

 まずは、淡雪牛乳と晩秋に挽いた冬に憧れる小麦粉。

 夜の良い夢で作った膨らし粉。

 砂糖は静寂と氷が好きなもので。

 卵は焼菓子希望のものを選別すること。

 

 スパイスは今年良い縁のあったものをほんの少しだけ。

 ただし、祝祭好きのシナモンは欠かさず。

 バターも溶かした時に、なめらか毛布に近い手触りのものがいいでしょう。

 今年は運良く、難破して海底で眠っていた夜深酒が手に入ったので、そちらを使用します。

 

 パン屋はそれらを決まった順に加えてこね、しっかりと寝かせました。これだけでしっかりもっちり、とした食感になります。街のパン屋特製の生地は、それだけでも美味しいと評判です。 

 

 でも、これはそれだけではいけません。シュトレンは冬の祝祭の、特別なものです。中身も素敵な宝物でいっぱいにしなければ。パン屋はそう信じていました。

 

 生地が整ったら、次は練り込む具材の番です。

 今年は秋の間に、昼寝杏に月夜葡萄、夜更葡萄、花蜜無花果に南の柑橘の皮を店裏の森の陰で干しました。果物たちは乾いた静寂の空気にさらされ、寒さに時を手放します。ぎゅっと身を縮め、肌に砂糖結晶を散らし、甘くふくよかな香りを纏うようになります。

 パン屋はそれらを刻んで、少し苦めの夜深酒に半月沈めました。そうしてはじめて、祝祭にふさわしい、香り深い宝物が揃うのです。

 

 果物と違い、木の実は軽く手を入れる程度が美味しい。それがパン屋の持論でした。今年は霧花アーモンド、夜泣き胡桃に暖炉松の実を厳選しました。それらを軽く炒って、粗微塵にすれば、準備完了です。

 

 パン屋は果物と木の実を定量手に取ると、たっぷり贅沢に生地に練り込み、さらに寝かせました。

  

 最後は、なんといってもパン屋特製のマジパン。常連さんはどれが一番良いか、マジパンで決めるという噂です。

 

 だけど、このマジパンはパン屋のとっておき。作り方は魔術の誓約に触れるため、語れません。それでもひとつ確かなことがあります。

  

 彼は毎年魔術濃度計片手に、その時を待ちます。それが何なのか、パン屋以外には分かりません。合図がくるとふらりと店を閉め、そのまま森のどこかへ姿を消します。そして数日後、はっと誰かが気づく頃には、もう店の奥で当たり前の顔で、シュトレンを作り始めているのです。 

 これは内緒の話ですが、パン屋はどうやら調理師、パン職人に加えて、国家魔術師の資格も持っているようです。魔術を扱う際の基準は厳格に決まっています。大雑把に言えば、大気基準濃度10に対して魔術濃度は1.25以内。これは世界規格でも同じで、これを超えれば、どの国でも国際魔術法違反となり、重い罰が下されます。

 そして彼が帰って来ると、魔術濃度計が僅かに揺れるのに、気づくものもおりました。


 パン屋は生地にひとつずつ包みこむと睡る小猫の形に整えます。それから、準備ができた子から、天板にのせました。オーブンには焼き上がるまで、秋冬の澄んだ空気をたっぷり送りこみます。

 今年も天板がオーブンへ入りました。生地を撫でる熱が、シュトレンに命を吹き込みます。


 そうして、この時期だけのシュトレンは作られるのです。

 毎日一瞬で売り切れてしまう、パン屋自慢の逸品です。


  

 

 今年も焼き作業は、真夜中からはじまりました。それも、夜明けと共にやっとひと段落。


 焼き上がったシュトレンたちは、すぐに溶かしバターの毛布に浸されしっかりと身に纏います。それから熱を逃すため、冬の空気に晒されました。

 

 街は祝祭に向け、どこか楽しげでわくわくするような軽やかな気分が満ちていました。



  * 

 

 

 空っ風は真夜中の冷たさに、散々凍てつきました。夜明けで少しやわらぎましたが、まだまだ生き物の息を白くするほど凍えています。

 

 そんな風がパン屋の開け放たれた窓から吹き込んできました。

 氷のような冷たさが、焼きたてのシュトレンの肌を、きゅっと引き締めます。

  

 冷たい風の心地良さに、一匹のシュトレンが目を醒ましました。

 


 シュトレンの猫は、濡れた杏の丸い目をぱちくり。

 それから、ひとつ、大あくび。すると、チラリ尖った牙が覗きます。

 

 前足を伸ばし、右後ろ足、左後ろ足。

 最後にしっぽをぴんと立ちあげました。

 

 猫は余分な蒸気が抜けて、ほんのり温かい身体に触り心地がバター毛皮をと毛づくろいをはじめました。前足もつかいながら、小さな舌で丁寧に舐め整えます。

 

 大きな耳にぽてりとしたしっぽ。

 潤んでまんまる目。細い砂糖のおひげ。

 何より粉砂糖が毛先まで行き届いて素敵な毛並み。

 

 全身の毛繕いが終わると、そんな立派なシュトレンの猫になりました。


 毛繕いの終わると、猫はひゅるりと吹き渡る風に目を奪われました。朝日できらきらする風を、金色の目が捉えます。

 

 それから窓辺の水差しの横にいき、静かに全身を小さく縮めました。

 きらり、波立ち、部屋に光の模様が揺れます。

 

 ジャンプ!

 

 突然のことに、空っ風は驚いて、もみじをすそで舞上げました。

  

 シュトレンは飛びあがり、焼けて尖ったパリパリの爪で、空っ風を弄りました。そのまま、舞い上がった葉を木の幹に飛び乗って、ちょん。伸びた枝の上にちょい。

 その上でちょいちょいと、夢中で追いかけます。


 そうして、とうとう木のてっぺんまで登ってしまいました。

 

 

 空っ風は、夜通し吹きさらして疲れていました。

 丁度目の前には釣れたシュトレンの猫。

 これ幸い、朝飯にしようかと手を伸ばします。


 ばさっ!

  

 その手をはたき落とした羽根がありました。通りすがりの配達鷹です。

 

「夜風はしまいだ、お疲れ様。ほら、これを持って帰るといい」


 配達鷹が差し出したのは、空っ風の好物の星金平糖。


 空っ風は両手に抱えました。これがあれば、今日も良い夢が見れるはずです。そうして、あくびをしながら去っていきました。


 

 風が過ぎるのを見送ると、配達鷹は羽根を広げます。

 そのまま子猫をそっと抱き上げました。


「これ、こんなところにいては危ないよ。よしよし、いい子だ。

 ……おおい、お届けものだよ!

 空っ風にとられるところだったぞ」

 

 配達鷹は荷物と一緒に、シュトレンの猫をパン屋へ降ろします。

 その声をきいたパン屋は、慌てて奥からすっ飛んできました。

 

「ああ、うちの子を助けてくれてありがとう」

「まだ焼きたてで分別がついていないんだろう。脱走防止の柵はどうしたんだい?」

「ちょうど付けようと準備していたところだったんだ。

 ……おや、おねむかな」


 猫は部屋のにおいを嗅いで落ち着くと、寝心地の良いところを探して陽だまりの窓辺をくるくるまわります。

 

 そしてすとんと腰を落としたかと思うと、あっという間に丸まって眠りはじめました。

 

「美味しい魔法が育ち盛りだろう。空っ風とひと遊びして満足出来たなら良かったよ」

「素敵なシュトレンになってもらうには、じっくり寝てもらわないとな」

 

 パン屋と配達鷹は話をしながら、別の部屋へ行ってしまいました。


 


 シュトレンの猫は夢を見ます。

 

 ほかほかホットワイン先生と甘いレーズンリス、それにクリームたっぷりチーズ鳥に生ハム犬。

 

 みんなで一緒にテーブルの上で追いかけっこをします。

 

 グラスを飛び越え、テーブルクロスをくぐって、飾り木を登ってオーナメントでキャッチボール。

 みんなで美味しいミルクを飲んだら、また追いかけっこをしましょう。


 

 

 パン屋は夢見る猫を起こさないよう、そうっと包装すると商品棚に並べました。

 

 シュトレンの猫の生活圏は夢の中。買って食べてもらうことこそがシュトレンの幸せなのです。

 

 勿体無くても全部、祝祭の前に食べてくださいね?

 

 そうしたら、シュトレン次の冬まで、夢の中でずっと楽しく暮らせるのです。


 さあ、おひとついかがですか。


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― 新着の感想 ―
あのシュトーレンに耳と尻尾が生え、カリカリと爪を研ぎ、木を駆け上っているところを想像してしまいました! ぽってりとした胴体は、ひっくり返したお腹も細かい砂糖の毛なのかしら。 読ませて頂きありがとうござ…
確かドイツでクリスマス1ヶ月前頃から少しずつ切り分けて食べていくあのシュトーレンですよね。私もいつか食べてみたいなって思いながら食べることができていません。次の年末にはきっと!
2025/01/17 18:19 退会済み
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