やれやれだわ
お腹の子と過ごした一年弱は私に色々な事を教えてくれた。帝王切開では知らなかった陣痛もその一つだ。陣痛促進剤と投与され、なかなか効果が出ず二回目の投与を検討するか…という状態だった。夫も病室で待機しており、気分転換にと再放送の「科捜研の女」を観ていた時に陣痛が始まった。生理痛の凄いバージョンとか聞いたことがあったがその通りだ。間隔がどんどん狭くなっていく。ナースコールを押すタイミングも分からない。夫は痛みに耐える私に「ほら!科捜研の女だよ!!」と意味不明な励ましをしていたが痛すぎて何の音も頭に入らない。「音が鬱陶しいからテレビ消して」というのが精一杯。今も昔も夫の気遣いはズレている。
看護師さんに確認してもらい手術室へ運ばれる。分娩扱いなので夫も同席できるという事だった。担当医が運悪く居なかった為、初見の医師が処置に当たったがこれは運が悪かった。かなりキツイ性格の医師だった。手つきは雑だし、「この患者は痛みに弱いのか」と言い放たれ周囲の看護師さんもいつもの優しい雰囲気ではなくビクついている。「この医師、看護師からの評判悪そうだ」と陣痛で朦朧としながら思った。「こっちとら今から赤ちゃんと別れるんだぜ。もっと優しくできねぇのかよ。看護師さんにきつく当たりすぎだろ」と痛みで全く余裕がない私は頭の中で悪態をついた。
とはいえその医師だってプロだ。失礼な言葉を何度も浴びせられたが赤ちゃんはちゃんと出てこれた。ドラマとかで「はい!いきんで!」というやつも体験した。恥も何もあったもんじゃあない。言われるがまま、されるがまま。でもこの子のおかげで分娩も経験させてもらえた。五体満足で出てこれない可能性が高いと言われていたが綺麗に産まれてきてくれた。「カンガルーケアがしたい」という願いを聞き届けてくれた看護師さんは赤ちゃんを抱かせてくれた。産声は上げられなかったけど私の胸で静かにしている赤ちゃんは私に似ていた。よかった。綺麗な形で出てきてくれた。そう思って涙が出そうになった時、夫が号泣した。赤ちゃんと私を抱えるように、すがるように。男の人の号泣なんて初めて見た。「やれやれだわ。なに私より先に泣いてんのよ」と思いながら赤ちゃんと夫を抱きしめて頭をなでた。
私たち夫婦が、というか夫が泣き終えるまで医師も看護師さんも席を外してくれていた。親子三人でゆっくり別れをさせてくれた。しばらくして医師たちが戻ってきてからは手術に入るということで夫は退席。その後は大量出血の処置になった。出産後も出血が止まらず、1リットル以上の出血だった。輸血をするかどうかの所だったらしいがなんとか無事に手術は終わった。
病室に戻ってからは赤ちゃんに初乳をあげる願いも叶えてくれた。人間の身体はよくできているのかいないのか。赤ちゃんは亡くなっているのに母乳はきちんと作られていた。それが切なかったが、一番栄養価が高いと言われる初乳をあげられた。赤ちゃんは女の子で双子が名前を付けてくれた。母子手帳にもその名前を記入し退院の準備を始めた。赤ちゃんが寒くないようにと看護師さんが包帯で帽子を作ってくれ、私が持ってきた産着に包まれて暖かそうにすやすや眠っているようだった。赤ちゃん用のベッドに寝かされていた。とても小さい以外は本当に赤ちゃんそのものでもしかしてこのまま大きく育ってくれるんじゃあないかというありえない夢を見てしまいそうになった。




