…言ってる事が分からない…イカれてるのか?…この状況で
双子を連れて散歩ができるくらいには動けるようになった頃、住んでいる地区の多胎児ばかり集まるサークルに顔を出すようになった。日本語が通じる人間と話を出来るだけでも安心するのに、双子育児あるあるを話せる場所はかなり助けになった。しかし、全く別の辛さもあった。
住んでいる場所は田舎で少し閉鎖的なところもある。周囲の人間は殆どが地元だ。毎日実母に助けに来てもらえる人ばかり。県外から嫁いできた人など全くいない。地区によっては県外から嫁いだ人も大勢いただろうが、住んでいる場所ではそれがなかった。殆ど一人きりで双子と向き合っている私にとって、助けがある人を羨ましく思ってしまう場面も多々あった。「実母に預けて遊びに行くの」なんて聞くたびに「…言ってる事が分からない…」と混乱した。そういう事もあるのか…
色々な弊害は起こるものの、双子はどんどん大きくなり双子を連れて色々な所に遊びに行けるようになった。手助けなど無くてもできる事だけコツコツやっていこう。私一人ででも出来る事を出来るだけしよう。手助けがないことを羨ましく思う気持ちは多少残ったが、双子は素直で優しく育っていった。私一人で出かけることが殆どだった為、無茶な我儘を言うような子にはならなかった。買い物の途中で「抱っこ」と言われても物理的に無理。話が分かる年齢じゃあなくても一生懸命説明した。片方を抱っこすれば、必ずもう片方が抱っこをせがむ。2人を同時に抱っこするのは絶対に無理。だから抱っこはできない。我慢してもらうしかない。そんな風に話した。なんという冷酷な母だろう。振り返ってみるともう少し優しくしてもよかったのにと思う。
双子ベビーカーで二人同時に大泣きされることもあったがどうすることも出来ないので泣かせっぱなし。何てこともあった。可哀そうで仕方の無い情景だが、どうすることも出来ない。「ごめん」と謝る以外何もできない。そんな日々が何年か続いた。
3歳くらいになると大泣きするような事も無くなった。きちんと言葉で説明すれば理解し、我慢も出来る。我慢しなくていい場所ではたくさん抱っこしたり甘えさせたりも出来るが、無理な場所では無理。双子はそういうメリハリも割と早くから理解していた。私が怖すぎたのかもしれない。人手が足りないことを理由にしなくてもいい我慢を沢山させてしまったと思う。
そんな時期に、過去最強の事件が起きた。私の過去最強って何回更新されるんだろう…




