バ…バカな…か…簡単すぎる…あっけなさすぎる…
地元で就職試験を受けて帰ってきてからも、私たちの関係に特に大きな変化がなく忙しい毎日は過ぎていた。そんなある日、真面目な面持ちで「話がある」と言われた。「ついに別れ話かな」と覚悟を決めていると「地元で就職が決まった。一緒に地元に来てほしい」と思いがけないことを言われた。マジか。一緒に来てほしいと言われるとは思ってなかった。当時、自分の仕事が好きだった。彼には悪いが仕事を辞めてまでついていくべきなのか分からなかった。将来は父のような社長になりたいと憧れを抱いていたし、父にもそれは話していた。父は夢物語とあまり本気にしていないようだったが、私は本気だった。
「地元についてきてほしい」と言われた日は「考えさせてほしい」と言って帰宅したが答えが出なかった。父にそのことを相談してみると「店は自分の代で閉めてもいいと思ってる」と言われた。「うちの店なんかよりも彼についていくことの方がお前にとって大事な事だ。彼にならお前を任せられる」と背中を押された。突き放されたわけじゃあないのにとても寂しかった。私は本気で後を継ぐつもりだったが、父にはそのつもりはなかったのかもしれない。彼の地元は私の地元から車で半日以上。ついでにとても田舎だ。思い付きで行くには遠すぎる。過去の経験からは考えられない程、私は地元が好きになっていたし、友だちも増えていた。それなのに、新しい土地に行ってまた一から人間関係を作っていくのか?でも、彼のように自分に合う人と、地元を離れたくないという理由で別れるのか?
散々悩んだが彼と一緒に行くことにした。私は過去の経験から言って、「活動拠点をガラッと変えると意外とうまくいく」今までで一番地元から離れるが何とかなりそうな気がした。それくらいには彼を信用していた。それにしても「結婚しよう」的な事言わねぇじゃあないか…そこには不満があった。彼に「地元に一緒に行く」と返事をするととても喜んでいた。私が仕事を好きなのは知っていたから「断られるかも」という不安もあったらしい。
私の両親に挨拶がしたいと言われ両親と会う算段をつけた。父は開口一番「娘を下さい的なやつか!」と先に言ってしまったが本当にそのつもりなのか私自身も知らない。彼は「お嬢さんと結婚したいと思っています」と言った。「え、そのつもりだったんだ」と私は内心驚いた。父に「お前はどうしたいんだ?」と聞かれ「あ、はい。私もそうしたいと思います」と答えると「じゃあそうしたらええ。母さんもそう思うよな?」「そうだね」と母もあっさり答える。「バ…バカな…か…簡単すぎる…あっけなさすぎる…」両親に結婚の挨拶するってそんな感じなのか?もっとこう「お前なんかに娘がやれるか!!」バキ!「お父さんやめてぇー!」ドカッ……みたいなやつがあるもんじゃあないの??両親への挨拶もあっさり終わり、それぞれの兄弟にも会い、とんとんと話が進んでいく中、私は不満を募らせていた。「周りを固めていく作戦なのか?私へきちんと結婚の申し込みをしてないぜ?」
私の誕生日、ちょっとおしゃれなところで食事でもといつもの感じで出かけたが、その頃になると私自身への結婚の申し込みは無いものと諦めていた。サプライズなんて気の利いたことをするタイプでもないし。「まぁそんな少女漫画みたいな事は現実には起きないよな」と思っていた。が、意外にもやる時はやる男だったらしい。百本のバラを用意して「結婚してください」ときた。「はい」と返事をして花束を受け取る。ズシッッ「なにこの花束重すぎる」見た目は華やかでいいのだが流石百本。両手にずっしり来る重さ。力持ちの私じゃないと一人で持てない重さ。でもきちんと言葉にして申し込んでくれたことに安堵した。