鋭い痛みがゆっくりやってくるッ!
昔から器用なタイプではない私は一つのことにしか集中できない。言い訳になるが「ここに就職したい」と思うようになってからは他の就職先を考えず一点集中で活動していた。
ボランティアを誘ってくれた先輩も、学長と施設長の不仲を先に教えてくれてもよさそうなものだがボランティアといえば悪く言えば無料で使える雑用係だ。使えるものは使おうと思われても仕方の無いことだったのかもしれない。「就職の際は力になる」というのも「就職できたら」の意味だったのかもしれないし、そう年が離れていない先輩だということは施設内でもそんなに力があった訳ではなかったのだろう。つい恨みがましく言ってしまうが、つまりはそういうこと。
履歴書を渡した数日後、改めて施設に呼ばれ話を聞くと、「施設長が了承しなかった」という理由で就職を断られた。中学校でいうなら教頭くらいだろうか、仲良くなっていた施設の職員から申し訳なさそうに履歴書を返された。「私は一緒に働きたいと思っていたのだけど…」とフォローなのか本心なのか分からないが言ってはくれた。しかしショックだった。
学生生活の余暇殆どを使ってこの施設だけに絞って就職活動をしていたのだ。もう就職先が決まっている生徒も増えてきたこの時期に一から活動を始めなければいけない。「鋭い痛みがゆっくりやってくるッ!」ようにじわじわ落ち込んでしまった。しかしそう落ち込んでもいられないので重い腰を上げて就職活動を再開し始めた。
福祉関係の仕事は今も昔も人手不足だ。学校内の就職案内の掲示板には数多の就職先が張り出してあった。片っ端から就職試験を受けてやるという勢いで選んでいく。求人票の見方もよく分からないので施設の所在地と月給だけとりあえず見てみる。試験内容に学科がないものを選んでおいた。学力には自信がない。月給の相場もよく分からないが他の求人票と比べて平均的な施設を選び就職試験を受けに行った。
幸いと言えるのかは分からないが大本命に断られたことにより、内定を断られるショックは経験済みだ。この後断られても傷は浅くて済みそうだ。試験内容はまたしても作文と面接。私の人生、作文で左右されていってると内心笑いながら試験を受ける。作文の題材はよく覚えていなかったが専門用語の何かについて思うことを書けとかなんとか。「その専門用語の意味が分からん」と焦ったが、分からない題材なら自分の分かる題材にじわりと変換して書けばいい。求められた内容では無いだろうと思いつつ尤もらしく作文を書いた。
作文の後の面接では私が一番初めに呼ばれた。何の順番だよと思いつつ面接会場へ向かう。作文の内容がひどすぎたからかもしれない。学園長が開口一番「作文楽しく読ませていただきました」と半笑いで言った。やはりひどすぎる順番か……「でしょうねぇ」と返しそうになったがぐっと堪え「よかったです」と一応笑顔で返す。自分でも内容違いなのは自覚していたので「これはもう落とされるな」と確信し面接も気楽に受ける。数々の質問にも深く考えず答える。最後の主任の質問は「あなたが大切にしていることは何ですか?」だった。「高校の入試でも作文の題材に出た。よくある質問なんだなぁ」と考えつつ面接官に聞く「それは職員としてですか?人としてですか?」逆に聞かれると思っていなかったらしく、主任は一瞬逡巡して「人として」と答えた。私は「人を傷つけないことを大切にしています。そしてもし私の力で出来るのなら傷ついている人の支えになりたいです」とい答えた。「なんといういい子ちゃんな答えだろう」と内心笑いつつ答え面接は終わる。
控室に戻ると他の受験者に囲まれ質問内容を聞かれる。「大切にしていることはなんですか」だと伝えると「えぇ!そんなの急に言われても!!」と慌てている。あれよくある質問という訳ではなかったらしい。
高校3年間で地元から離れ、学生の間も市外だったおかげで市内だが知り合いは皆無。というかもう中学時代の同級生は名前も顔も跡形もなく忘れている。周囲の学生たちも見知った顔は居なさそうだ。就職先を探す中で意識的に自宅から少しでも離れた所と考えたがその必要もなさそうだと安心しながら試験は終わった。どうせ落とされるだろうからとっとと次探すか!くらいに構えていた。




