最高に「ハイ!」ってやつだアアアアア アハハハハハハハハハハーッ
嘘が下手で無駄に体が丈夫な私が学校を休もうと策を講じている頃、私の母は母で色々調べて動き出してくれていた。
5年生で起きたことも母は知っていたので無理やり引っ張って学校に連れて行くようなことはしなかった。学校行くのは当たり前という風潮の中で病気でもないのに休むことを許してくれた母。正義感の強さなら私以上の堅物なのに柔軟に対応してくれた。かなり悩んだであろうことは想像に難くない。
小学校の担任や生活指導の先生と面談したりもしてくれていたらしい。
そして教室に行けないときは保健室で過ごすことを許してくれた。学校側は渋々という感じで、担任は「教室に来いよっ!みんな待ってるぜ!」と熱い感じで説得していたが「誰も待ってねぇよ」と内心冷ややかに話を聞いていた。
保健室に行くと心底驚いた。私の他にも教室に行けない生徒が数人居たからだ。
教室に行けないなんて異常事態、私だけだと思っていた。
保健室登校メンバーは学年は違ったがそれぞれ理由があって教室に行けなくなっていた。私と同じように、他者の攻撃を受けてしまったタイプと、逆に攻撃しまくって総すかんを食らったタイプ。タイプは違えど教室に行けなくなった生徒ばかりだった。
攻撃された側は穏やかで真面目で気が弱そうな生徒。攻撃しまくった方は、さもありなんという感じ。口調がきつく我儘だった。しかし3年生くらいだったので私にとっては大したことなく、ちっちゃい子がなんか言ってるくらいで気にならなかった。
結論から言うと保健室の中は快適だった。「そうだった元々は人と話すのが好きだったんだ・・・」と自分で思うくらい快適だった。
保健室の先生はおおらかな先生で経験年数も20年くらいありうそうな母親より年上だったように思う。保健室登校での友だちも出来て、一緒に保健室でラジコン組み立てたりジグソーパズルをしたりして好きなことをして過ごした。学校行くのが怖くて玄関で蕁麻疹ポリポリかいてた頃に比べると、最高に「ハイ!」ってやつだった。




