他人のクローンへの転生実験(3)
佐藤洋子のクローンには、ユリもリリーも憑依転生を試みた。二人にとって初の幽体離脱による憑依実験だ。何かあったらヴィクトールがフォローしようと身構えていたものの、二人は難なく憑依に成功している。二人とも慣れない他人の体を、自由自在に操っていた。自身のクローンを育成してあげれば、不死を手に入れるのは容易だ。もっとも二人ともまだ若いので必要に迫られているわけではないが、不慮の事故などを考慮すると保険はあってしかるべきだとヴィクトールは考えていた。
しかし憑依と同時に、ユリもリリーもヴィクトールと同様に佐藤洋子へと思考が流れ込んだ。どうにか思考の流入を制御しようとしたものの、やはり佐藤洋子自身にはどうすることもできなかった。
そして、二人とも佐藤洋子のクローンと魂の緒は繋がれなかった。やはり他人の肉体と魂の緒を繋ぎ、転生することは難しいようだ。結論を出すには早急すぎるが、希望の光は見えてこない。
ユリとリリーの転生実験を一通り終えた後、ヴィクトールは苦悩している佐藤洋子に問い訪ねた。
「ヨウコは転生しますか?」
「あ・・・」
佐藤洋子は思考の流入のことで、実験前に言っていたことをすっかり忘れていた。
「え、え~と・・・」
助けを求めるかのようにユリとリリーを交互に見るが、二人とも愛想のいい笑顔を浮かべるだけだった。
《ヨウコさんの好きなようにすれば、いいと思いますよ》
その「好きなように」がわからなくなっているから困っているのに。助けを求めた二人に、笑顔で突き放された気分だ。ぷく~っと頬を膨らませて、佐藤洋子は不満を露にする。
確かに目の前にある自分のクローンは理想そのものであり、なれるものなら転生したい。でも元々このクローンの本来の役割は他人の転生のためだ。佐藤洋子に転生させる為だけに育成されたのではない。にもかかわらず憑依はできるものの魂の緒が繋がることはなく、しかも思考の流入により失格の烙印が押されたようなものなのだ。このままだと50体ものクローンが無駄になってしまい、敬愛するヴィクトールの期待に応えることができない。何一つとして、ヴィクトールの役に立てていない。それでもきっとヴィクトールは「仕方がない」と一笑に付すだろう。佐藤洋子に非があるわけではないのだから。だからこそ自分の欲望のままに転生するのは心苦しかった。
「ヴィクトール総帥・・・すみません」
「どうしましたか?」
「今は・・・転生したくはありません。いつか、転生したくなったら、その時にお願いします」
「そうですか。わかりました」
ヴィクトールは淡々と答える。残念がるわけでも失意を示すわけでもなく、微笑を携えながら素っ気なく答えた。佐藤洋子にはそれが心地よかった。ヴィクトールの思考に直接触れた経験から感じることだ。自分の意志を余計な詮索も邪推もないまま、受け入れてもらえたのだから。
佐藤洋子が美少女に転生する時は、ヴィクトールの役に立ってからだ。