他人のクローンへの転生実験(2)
「まずは私から実験を始めましょう」
ヴィクトールは人類初にて唯一の憑依転生経験者だ。非公式ながらも二度目の憑依転生も成功している。先陣を切るのも当然であろう。ヴィクトールは静かに幽体離脱をする。
「あ・・・」
佐藤洋子が小さな声を上げ、ユリとリリーが窘めるように彼女を睨む。三人とも幽体離脱が出来るようになったことで、霊視もできるようになっている。元々が霊媒体質だった佐藤洋子の霊視能力は高く、ヴィクトール自身でも靄のようにしか見えない幽体を、彼女は肉体のある人間のように見えてしまうのだ。ヴィクトールの頭から伸びる2本の「魂の緒」までもハッキリと。
《総帥様。何故、総帥様は『魂の緒』が2本あるのですか?》
ユリはテレパシーでヴィクトールに問いかける。幽体になったヴィクトールには、声よりもテレパシーの方が伝わりやすいからだ。
《・・・私は二つの肉体と繋がっているのです》
《!!》
ユリとリリーは二つの肉体と繋がっている意味を悟ったが、佐藤洋子は理解していない。
《説明は後です。ヨウコはもうすぐ嫌でも理解できますから》
ヴィクトールは佐藤洋子のクローンに憑依する。ゆっくりと手足を馴染ませ、違和感がないか確認した。やはり自分のクローンではないせいか、なんとなくしっくりこない。しかし自分の意志にて動かすことは可能だ。直に慣れるだろう。
目を開け、見えるものを確認する。心配そうに覗き込んでいる3人の顔が映った。安心させようと、声を出す。
「一先ず、成功、ですね」
ヴィクトールの低い地声と違った甲高い声。これは明らかに佐藤洋子の声質だ。
上体を起こすと、貧血気味のような軽い眩暈を感じた。佐藤洋子の体質だろうか?
「あ・・・私、低血圧で、朝が弱いので・・・」
ヴィクトールの感想をテレパシーとして佐藤洋子が受け取ったようだ。ヴィクトールが念じたわけではない。ユリとリリーを見ると、二人は揃って首を横に振った。ヴィクトールの感想を受け取れたのは佐藤洋子だけのようだ。
「あ、ヴィクトール総帥が私のクローンに入ったときに、何かのスイッチが入ったように感じたんです。そこからヴィクトール総帥の考えていることが、手に取るように流れ込んできて・・・」
それはあまりよろしくない副産物だ。佐藤洋子のクローンは、年々増やしたおかげですでに50体になろうとしている。全てのクローンに他人が憑依し全ての感情が流れ込んできたら、佐藤洋子の精神は破綻をきたすだろう。何とかしてスイッチのようなものを切ることはできないだろうか?
「・・・やってみます。多分、テレパシーと真逆のことをすれば、いいんじゃないかと・・・」
ブツブツと小声で何かを呟きだした佐藤洋子を見て、ヴィクトールは心配になる。
「それはまた、次の機会にしましょう。今回の実験の趣旨は『他人のクローンへの憑依転生』ですから」
フッとヴィクトールの思考が佐藤洋子の脳裏から消えた。ヴィクトールの幽体が佐藤洋子のクローンから離脱したのだ。
「・・・あ」
佐藤洋子は悲しくなった。雲の上の神のような存在「ヴィクトール・クローネル」の思考が隅々までわかるという、佐藤洋子にとって感じたことのない多幸感が、瞬時に消え失せたのだから。
《総帥様!!》
《うむ・・・これは残念な結果ですね》
幽体となったヴィクトールの頭から出ている2本の魂の緒は、佐藤洋子のクローンとは繋がっていない。
他人のクローンには一時的に憑依はできても、転生はできないという結論が浮き彫りになった実験であった。