幽子の解析
幽子(Spectron)も霊子(Spiritron)もダークマター的存在であるため、観測も研究も困難を極める。しかし重力子から派生した重力波研究により「時空間歪曲表示装置(Spatiotemporal Distortion Display)通称:SDD」をはじめとした多種多様の観測装置が発明されていた。幽子、霊子を含む「サイコゲノム(Psycho Genome)」研究は日進月歩で進化していく。QP(グラビサイエンス・量子幻影研究所:GraviScience Quantum Phantom Research Institute)による「ミツバチのサイコゲノム研究」も確実な成果を上げていた。
霊子は幽子からの指令によりエネルギーとして様々な役割を果たす。幽子からの指令を解析し再現できれば、霊子をエネルギーとして実用化する目途が立つ。
幽子からの指令は一種の信号である。代表的なのは電気や光、音。動物であれば神経伝達物質などもあるが、幽子からの指令時も、何らかの軌跡を示すはずだ。重力波による観測で捉えることは不可能ではないだろう。
QPではミツバチに微細な重力波の揺らぎをも観測できる装置を取り付けた。例えば天敵であるスズメバチの襲来は、斥候役のミツバチが捕捉すると即座に全ミツバチに共有される。この時に斥候役から全ミツバチへとテレパシーが発せられるようだ。テレパシーを発する瞬間の重力波の揺らぎを観測及び解析できれば、テレパシーの再現も不可能ではない。
QPの科学者は数々の実験を繰り返し、遂に幽子からの指令を重力波として捉えることに成功した。
幽子からの指令時に於けるわずかな重力波の揺らぎは、解析の結果、規則正しい波長であった。例えるなら音。音は物体の振動が空気などの振動(音波)として伝わるものだが、重力波の波形は言語の音波の波形に似ていた。この重力波の波形を人工的に再現できれば、霊子をエネルギーに変換できる。霊子回路作成へと大きく前進した。
さらにQPは霊子が反霊子へと変換するメカニズムの解明にも着手する。即ちミツバチの「熱殺蜂球」の解析である。困難を覚悟したが解析はすぐに終わった。原理はテレパシーと同様、幽子からの指令であった。波形が違うものの、規則正しい重力波の波長であることに変わりはなかったのである。人類が欲してやまなかったアンチマター(反物質)は、すぐにでも手が届くところまで来たのだ。
・・・しかし。
「これは危険だね」
霊子は超純水に貯蔵することで比較的容易に取り扱えるようにしていた。超純水は表面張力が強く、一滴でおよそ0.05gの量となる。仮に0.05gの霊子が反霊子(反物質)になった場合、対消滅で発生するエネルギーはE=mc^2の計算により約4.5×10^12ジュール。TNT火薬に換算すると約1000トン強の威力だ。一滴でQPが軽く消し飛ぶこととなる。
「あくまでも、一滴の霊子水すべてがアンチマター化したという仮定の話だけどね。超純水に溶けている霊子の濃さにも左右されるんだろうけど、入念な安全対策をしないと大変なことになる。QPでの実験はここまでが限界かな。あとは専門の人たちに任せるとしようか」