人の死
幽体離脱を自分の意志で自由に行えるようになったヴィクトールは、一つの疑問に辿り着いた。
ヴィクトールの現在の姿は、実年齢とは大きく違う16歳の少女である。これは自身のクローン体へDDPS-POPCER System(魂の緒を切り離し、オリジナルから射出し、クローンに憑依し、再生を確実にするための装置=Device for Detaching the Psyche-Soma Linking Thread, Projecting it from the Original, Possessing the Clone, and Ensuring Rebirth System)により、転生した結果だった。端的に言えば人工的に幽体離脱させて、クローン体に憑依転生したのである。
ならば、逆も可能なのではないか?しかも機械に頼らず、自分の意志で憑依転生できるのではないか?と。
エクセル・バイオの「クローニング・エクスプローラー (Cloning Explorer通称:冒険者)」の研究室に、3人の科学者とヴィクトールが集まっていた。ヴィクトールは新たな実験を行うつもりなのだが、親しいメンバーは呼んでいない。この実験は成功しても失敗しても公式発表はできないと、彼女の倫理観が悟っていた。
4人の中央には女性がベッドに寝かされている。かつてヴィクトールが憑依転生した際の抜け殻ともいうべき彼女のオリジナルであり、憑依転生の後にコールドスリープ状態にしていたものだ。コールドスリープとは体温を下げて代謝を極端に落とし、体の老化を遅らせる措置である。現在の体温は36℃に戻してあり通常の睡眠状態と変わらないが、魂の抜けた体はクローン体と同様に植物人間状態で目覚めることはない。
ヴィクトールは自身のオリジナルを前に、幽体離脱をした。すると、まるで導かれるように幽体がオリジナルへと吸い込まれていく。「かちり」と何かが繋がる音を感じた。
目が覚めたヴィクトールはオリジナルの肉体だった。手をゆっくり開いたり握ったりして、体の感触を確かめる。全く違和感がない。彼女は憑依転生に成功したのだ。
成功したのはそれだけではなかった。
ヴィクトールはオリジナルの体から幽体離脱をする。幽体の頭からは細い糸のような魂の緒が2本出ていた。1本はクローンの少女の体へ。もう1本はオリジナルの体へと。ヴィクトールの魂は二つの肉体へと繋がっていた。
ヴィクトールは戦慄する。この現象が意味することを。
かつて「人の死」とは身体活動の停止であった。しかし幽子(Spectron)と霊子(Spiritron)が発見され、人の魂が科学として解明されると「人の死」の概念そのものに異論を唱える者が多くなった。未だ「人の死」を明確には出来ていないのだが、宇宙時代を前にして確実に変貌を遂げるだろう。
とはいえ、たった今ヴィクトールが体験したことは「人の死」を根底から覆しかねないことだった。
ヴィクトールが人類初の憑依転生から幽体離脱を会得してわかったことがある。「人の本質は魂であり、肉体は器に過ぎない」と。
二つの肉体と魂の緒が繋がったということは、二つの命を得たことと同意だ。仮に片方の肉体が滅んだとしても、もう一つの肉体と魂の緒が繋がっているので、魂はもう一つの肉体へ還る。つまり「人の死」から逃れられるのだ。ヴィクトールには自身のクローンが何体もいる。全てとは言わなくとも、何体かと魂の緒を結んでおけば・・・
ヴィクトールは「不死」を手に入れた。