表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/405

冒険者

「ヨウコ・サトウ。あなたはここを出ていかなければなりません。荷物を纏めておくように」

 流暢な日本語でヴィクトールが言い放つ。笑顔ではあるものの目つきは鋭く冷たい印象。例えるなら「氷の微笑」だ。佐藤洋子は呆然と立ち尽くし、一言も発せなかった。

「ヨウコ、どうしたの?」

 所長が固まったままの佐藤洋子に声をかける。ボロボロと涙をこぼしながら立っている彼女に、所長はハンカチを手渡した。

「社長に何か言われたの?」

「わたしは・・・クビ・・・ですか?」

「そ、そんなわけないでしょ?あなたはウチにとって大切な人なんだから」

「で・・・でも・・・」

「転勤よ。ちょっと遠いところで勤務してもらうわ」

 クビではなく転勤でも、ようやく慣れてきた「妖精」にいられなくなるのは変わらない。佐藤洋子の気持ちは沈んでいく。みんなともお別れなんだ、と。

「ちょうどいいわ。ヨウコもいっしょに行きましょう」

「これからですか?もう夜ですよ?」

 所長に手を引かれ、佐藤洋子は慌ただしく乗り物に乗る。狭い機内は座席が20ほどしかない。プライベートジェットだろうか。しばらくすると軽いGに背中を押し付けられた。窓の外は暗闇で何も見えない。いつまでたっても暗闇のままだ。

 気が付くと、不思議な感覚が佐藤洋子を襲う。何が起きたのか?体が宙に浮かんでいるような?

「ヨウコは宇宙、初めてだったかしら?」

「へ?」

「目的の場所が見えてきたようね。正面のモニターに映してもらいましょう」

 映し出されたのは自動車のタイヤのような物体。時計の秒針よりも早く回っているようだが、中央の大きな箱の部分は回ってはいない。

「ようやく完成したのよ。我がエクセル・バイオ・グループの総力を挙げた新設備『冒険者』が」

 エクセル・バイオの新たな研究施設とクローン工場である「クローニング・エクスプローラー (Cloning Explorer通称:冒険者)」は、所謂「トーラス型」と呼ばれるスペースコロニーに酷似していた。直径2㎞の巨大なタイヤが18秒で1回転することで、居住区である外縁部に1Gの重力を作り出していた。

 一行のシャトルは中央の大きな箱に吸い込まれていく。「冒険者」の宙港に着陸したシャトルのハッチに乗降パイプが接続され、佐藤洋子は所長たちに続いてシャトルを後にした。

「冒険者」の中は無重力だ。慣れない感覚に戸惑いながら、佐藤洋子はパイプを進む。パイプの先に広がっていたのは広めのラウンジ。椅子が多数置かれており、わずかながら重力があった。床に立った佐藤洋子は、目の前に立っていたヴィクトールに若干たじろぐ。その姿を見た所長がヴィクトールに詰め寄った。

「社長!!ヨウコに何を言ったんですか!?」

「???」

「あ・・・あの・・・ヴィクトール総帥、それから所長もありがとうございます」

 所長の抗議を遮るように、佐藤洋子がヴィクトールに頭を下げた。

「皆様とお別れする私にとっていい思い出になるようにと、ここへ・・・宇宙へ連れてきてくれたんですよね。ありがとうございます。・・・これで遠い職場に行っても、頑張れると思います。皆様のことは、一生忘れません・・・」

 涙ぐむ佐藤洋子を二人は驚きながら見つめていた。

「本当に社長は何を言ったんですか?」

 小声の所長に対し、ヴィクトールも小声で返す。

「親愛の情を示すために、ヨウコの母国語で言ったのですが?」

「社長は日本語なんてほとんど喋れないでしょ?なまじ発音やアクセントが上手だから、却って誤解を招くんです!」

「いや、誤解されないように笑顔で言いましたが?」

「社長の笑顔は目が笑ってないから、逆に怖いんです!!」


 佐藤洋子の新たな勤務地は「冒険者」である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ