佐藤洋子
佐藤洋子はクローン作成テストメンバーとして、エクセル・バイオの「極東高度研究所(Far East Advanced Research Institute通称:妖精)」での1年間の出張を終えた後も、引き続きクローン作成テストメンバーとして「妖精」に残っていた。新婚にも拘らず離婚してまでクローン作成テストメンバーとなったのだ。東京に戻っても帰る家はないし、嘗ての同僚ともどんな顔をして会えばいいのかもわからない。「テストメンバーを辞退して、ケンちゃんと幸せな毎日を過ごします!!」と大ミエを切ったにも拘らず、すぐに離婚して極東アジアまで来てしまったのだ。「金の亡者」と疎んでいる同僚もいるだろう。元の業務に戻ったところで、たかが総務の一人にすぎず、やることと言えば「雑用」だ。仕事にやりがいがあったわけでも好きなわけでもなく、その他大勢の中の一人。「妖精」の所長から転籍を打診された時、佐藤洋子は迷うことなく二つ返事で快諾した。
元旦那のケンジは金持ちの御曹司というわけではなく、努力して勉強して一流企業に入った苦労人だ。就職した後も努力して勉強して、若くして役付きになった。しかし仕事に没頭しすぎたせいか、全くモテなかった。佐藤洋子とは大学の先輩後輩の間柄となる。ゼミが同じとなり知り合ったのだが、当時は「真面目な人」という印象しかなかった。会社の新規案件で偶然再会し、仕事にも真面目なところを見て「相変わらず真面目な人だな」と好感を持った。モテない男が女性から好感を得た上で、首尾よく交際が始まると結婚までは早い。かくして二人は交際3ヶ月で結婚した。
佐藤洋子がクローン作成テストメンバーに選ばれたことをケンジに話した夜、ケンジは猛反対した。「お金より、君と一緒にいる方が大事だ!!」と言って、涙を流しながら説得された。しかし3日後、手のひらを返したように出張を勧められた。霊感の強い佐藤洋子はケンジに女の影を見た。モテない男というのは、どういうわけか結婚するとモテるようになる。ブラフをかましつつケンジを問い詰めると、真面目で嘘が苦手なケンジはあっさりと白状した。しかし土下座してでも謝り倒せばよかったものを、ケンジは開き直ってしまう。呆れた佐藤洋子は愛想をつかし、離婚となったのだ。子供が出来る前で良かったと佐藤洋子は思っている。
「妖精」の所属となった佐藤洋子だが、仕事は前職と変わらず「雑用」だった。クローン作成テストメンバーとしての仕事は、月に一回の卵子提供だけである。それなりに体への負担がある為、待遇は悪くない。与えられた部屋は東京の高級マンション並みの広さで、家賃は無し。給料は前職より少し良いぐらいだが、家賃が無いことと仕事が楽なのことで倍以上になった感覚がある。
佐藤洋子はユリとリリーの双子の姉妹と仲がいい。黒髪の双子は同じ東洋系ということで、佐藤洋子に親近感を持ったようだ。彼女たちがサイキックということで、佐藤洋子は超心理学にも興味を持ち始めた。素質があったのだろう。佐藤洋子はすぐにテレパシーを使えるようになった。誰とでもテレパシーが繋がるわけではないが、ユリとリリーとならば意識的にテレパシーで繋がれるようになった。
「頑張っているようですね、ヨウコ・サトウ」
佐藤洋子は金髪の少女から声をかけられた。佐藤洋子にとっては雲の上の人、エクセルシオン・バイオメディカル・グループの総帥「ヴィクトール・クローネル」からだ。佐藤洋子は天にも昇る気持ちだった。
「私も超心理学を学び、テレパシーを獲得したいものです。いっしょに勉強しましょう」
「はい!!喜んで!!」
佐藤洋子は満面の笑顔で返事をし、足早に立ち去っていく。
「社長?笑顔が黒いですよ?」
妖精の所長がヴィクトールに声をかけた。
「ヨウコの今後のクローンは、テレパシーが使えるのでしょうか?・・・楽しみですね」