帰還
ヴィクトールはネクサスで「CROUN」としての会見を開いた後「妖精」に戻っていた。久しぶりの地球で、ヴィクトールは「妖精」の所長とビリヤードを興じている。
「社長がビリヤードなんて、どういう心境の変化ですか?」
「実験の一環だと思ってください。」
「実験ですか・・・それにしても社長、ずいぶん可愛くなりましたね」
「髪が長いせいでしょう。それにこの若い体にはあまり筋肉もつけられないですし」
「え?そうなんですか?クローン育成には、かなりのカスタマイズをさせたはずですが」
「7号クローンは俊敏性や反射神経、それから柔軟性を重点的に鍛えさせました。パワーにリソースは割いていません」
「今回は女性らしくするんですね」
「いや、オリジナルの時も女性を捨てていたわけでもないのですが」
ビリヤード台を挟んで和やかな空気が流れる。
「ところで社長、建設中の『クローニング・エクスプローラー (Cloning Explorer通称:冒険者)』のクローン枠1000人は、どのようにするのですか?」
「あれは我がエクセル・バイオの所有なので、50をCROUN用に残して、他は全て社員に割り当てます。まだ売り物にはしません」
「社員の選別はどのようにするんですか?上役中心ですか?」
「いいえ。以前に全社員のPSCを測定しましたよね。PSCの配列から選別します」
「・・・と、言いますと?」
「クローンを希望する社員の中で、PN-O型を多く持つ女性社員を優先します」
「PN-Oと言うと・・・あ、霊媒師の!」
「そうです。霊媒師はPN-Oを多く持っていましたから。霊媒師のように他人の魂を受け入れるクローンができる可能性があります」
霊媒師のPN-O型の魂核子は瞑想状態にて空核子(Void Nucleus)に代わった後、VN-Oとなり様々な型のPNと融合した。この原理からPN-O型の魂核子を多く持つ者のクローンには他者の魂が憑依転生できるとヴィクトールは考えていた。
「女性限定なのは何故ですか?」
「・・・クローンの作り方は知っていますよね?」
オリジナルの体細胞の核を人の除核卵に移植したヒト胚(人クローン胚)を生成することを「胚生成クローニング」という。これを体外培養カプセルで成体まで育成したものが、エクセル・バイオの定義する「クローン」となる。これに対して母体の子宮に移して、通常の胎児のように妊娠出産させることを「レプリカ」とエクセル・バイオでは定義していた。
「女性ならば自身の除核卵を使うことで100%のクローンができます。しかし男性は卵子を作れません。他人の除核卵を使う以上、100%のクローンにはなり得ないはずです」
所長は思わず自分の腹を手で撫でながら見る。確かに25世紀の医学をもってしても、男性は妊娠するどころか卵子も作れなかった。
「・・・あくまでも私の推測に過ぎません。人間のクローンは極秘に作成した『私自身』しかいないのですから。その辺りを研究検証するのも『冒険者』の役割ですね。男性のクローンはCROUNメンバーから作られるでしょう。私の推測だけで、彼らの希望を断ち切ることはできませんから」
金髪の少女が不敵な笑みを浮かべる。常人なら威圧されそうな笑みを、所長は笑顔で受け入れた。
「・・・安心しました。見た目は変わっても、社長は少しもお変わりがない」